春の夜、北斗七星の柄のカーブをそのまま南へ延ばしていくと、オレンジ色に輝く明るい星に行き当たります。うしかい座のアークトゥルスです。北の空でいちばん明るい一等星として、古くから春の目印になってきました。
この星には、見た目だけではわからない特別な性質があります。アークトゥルスは、夜空をほかのどの一等星より速く「移動」しているのです。

アークトゥルスとは?|北天でいちばん明るい橙色の巨星
アークトゥルスは、うしかい座のα星です。見かけの等級はマイナス0.05等で、全天では4番目、北半球の空に限れば最も明るい恒星です。
地球からの距離はおよそ37光年。表面温度は約4300度と、太陽(約6000度)より低いため、光はオレンジ色に見えます。直径は太陽の約25倍にふくらんだ「赤色巨星」の仲間で、年老いて外層が膨張した段階にある星です。
見た目は春を告げる穏やかな星です。けれど、本当の個性はその「動き」にあります。

星は止まっていない|「固有運動」という現象
夜空の星は「動かないもの」の代名詞のように語られます。実際、星座の形は何千年たってもほとんど変わりません。星があまりに遠いため、動いていても見かけの位置がほとんどずれないからです。
しかし、まったく動かないわけではありません。恒星はそれぞれ銀河の中を何十〜何百km/sという速さで運動しており、天球上での位置もごくわずかずつずれていきます。これを「固有運動」と呼びます。固有運動とは、星が1年間に天球上を移動して見える角度のことです。
多くの一等星の固有運動は1年に0.1秒角(1秒角は1度の3600分の1にあたる角度の単位)以下と、ほとんど無視できる小ささです。
アークトゥルスの固有運動は、およそ1年に2.3秒角。これは全天の明るい星のなかでも際立って大きな値です。1000年で天球上を月の直径を少し超えるほど移動する計算になります。
なぜアークトゥルスは速いのか|銀河を横切る「よそ者」
アークトゥルスの固有運動が大きい理由は、ふたつあります。ひとつは近いこと。約37光年という距離は一等星のなかでは近い部類で、近い星ほど同じ速度でも大きく動いて見えます。
もうひとつが本質的です。アークトゥルスは、太陽とは大きく異なる軌道で銀河系を運動しているのです。
太陽をふくむ多くの星は、銀河の円盤に沿って、同じ向きにそろって公転しています。ところがアークトゥルスは、円盤面に対して大きく傾いた軌道を、まわりの星々とは違う方向へ横切るように進んでいます。すれ違う車が速く見えるのと同じで、進む向きが違うぶん、地球から見た動きも大きくなります。
こうした星は、銀河の円盤ではなく、ハローや、過去に銀河系へ取り込まれた小さな銀河に由来する可能性が指摘されています。アークトゥルスは似た運動をする数十個の星(アークトゥルス運動星群)とともに、銀河系の外側からやってきて、いま太陽の近くを通り過ぎている「よそ者」ともいえる星の集団だった可能性があると考えられています。

今夜、動いている星を見上げる|春の大曲線での見つけ方
春から初夏(4月から6月ごろ)の宵、北斗七星の柄のカーブをたどって南へ延ばすと、オレンジ色のアークトゥルスに届きます。この曲線をさらに延ばすと、青白いスピカに行き着きます。これが「春の大曲線」です。
肉眼では、アークトゥルスは今夜も静かに止まって見えます。けれど実際には、この星は銀河系の外縁から差し込むように太陽のそばを通過し、数万年後にはいまの星座の形をわずかに崩しながら、南の空へと去っていきます。
止まって見える一点が、実は銀河をまたいで旅する途中の一瞬なのだと知ると、春の夜空の見え方が少し変わるはずです。
まとめ
アークトゥルスは北天で最も明るい橙色の巨星で、その最大の特徴は全天有数の大きな固有運動です。1年に約2.3秒角という値は、この星が近いことに加え、銀河系の円盤に沿わない軌道で太陽の近くを横切っているために生まれます。
星が「動かない」のは、遠すぎて動きが見えないからにすぎません。アークトゥルスは、その常識をわずかに破って見せてくれる星です。
今夜、春の大曲線をたどってこの星に届いたら、それが銀河を旅する途中の一点だと思い出してみてください。

参考文献
