太陽系の惑星の多くは、衛星を持っています。地球には月が、火星には2つの小さな衛星があります。しかし、地球とほぼ同じ大きさ・質量を持つ「双子の惑星」金星には、衛星が一つもありません。

衛星を持たない太陽系の惑星は、他に水星があります。水星に衛星がないのは、太陽に近すぎて惑星の重力が及ぶ範囲(ヒル球)自体が狭いためです。ところが金星の場合、事情が異なります。金星の位置と質量から計算されるヒル球の半径はおよそ100万kmで、水星の約5倍の広さがあります。空間的な余裕は十分にあるのに、なぜ金星には衛星がないのでしょうか。

手がかりは「逆行する自転」
この謎を解く鍵は、金星の自転そのものに残されています。太陽系のほとんどの惑星は、北極側から見て反時計回りに自転していますが、金星だけは逆向き(逆行)に、しかもきわめてゆっくりと自転しています(1回転に約243日)。この不自然な自転そのものが、かつて金星に衛星があったことを示す痕跡ではないかと考えられています。

潮汐力の向きを決める法則
衛星と惑星の間には、潮汐力と呼ばれる引力が働いています。この潮汐力が衛星の軌道をどちら向きに変化させるかは、「惑星の自転周期」と「衛星の公転周期」のどちらが速いかで決まるという物理法則があります。
惑星の自転が衛星の公転より速い場合、潮汐力は衛星を外側へ押しやります。地球の月が、1年に約3.8cmずつ地球から遠ざかっているのはこのためです。反対に、惑星の自転が衛星の公転より遅い場合は、潮汐力の向きが逆転し、衛星は徐々に惑星に引き寄せられていきます。

二重衝突仮説|生まれた衛星が、自ら墜落する

この法則をもとに提唱されているのが「二重衝突仮説」です。
太陽系が形成された時期、惑星は他の天体と巨大衝突を繰り返していたと考えられています。地球の月も、火星サイズの天体が衝突してできたとする説が有力です。金星も例外ではなく、同じような巨大衝突を経験した可能性が高いとされています。
二重衝突仮説では、まず1回目の衝突によって、地球の月と同じように金星にも衛星が誕生し、金星自身は順行方向に速く自転するようになったと考えます。ところがその後、2回目の巨大衝突が金星に起こり、自転の向きを逆行方向へと反転させてしまいました。
自転の向きが逆転した瞬間、金星の自転は衛星の公転よりも遅い状態になります。すると潮汐力の向きが逆転し、せっかく生まれた衛星は外側へ逃げるどころか、少しずつ金星に引き寄せられていきます。計算上、この墜落までの時間は、シミュレーションでは数百万〜数千万年程度で落下すると考えられています。生まれた衛星は、自らを生んだ惑星の自転を変えた衝突によって、皮肉にも軌道を狂わされ、最終的に金星本体に落下して消えたと考えられています。

だから何がわかったか
金星に衛星がないのは、衛星を持てるだけの空間がなかったからではありません。むしろ空間には余裕がありました。問題は、巨大衝突によって自転の向きが反転し、潮汐力が衛星を遠ざける方向から引き寄せる方向へ切り替わってしまったことにあります。金星の奇妙な逆行自転は、かつて巨大衝突が起きた可能性を示す重要な手がかりです。その衝突によって衛星が誕生し、やがて失われたというシナリオも、有力な仮説の一つとして研究されています。
参考文献
- Why Venus has No Moon|Alemi, A. & Stevenson, D. (2006), AAS/DPS
- Double Impact May Explain Why Venus Has No Moon|Scientific American
- NASA|Venus