水星に衛星がない理由|ヒル球と潮汐力が閉ざす軌道

木星には90個以上の衛星が確認されています。地球にも、大きな月が一つ寄り添っています。しかし、太陽系でもっとも太陽に近い惑星である水星には、衛星が一つもありません(お隣の金星も同様です)。

なぜ水星だけは、衛星を持てなかったのでしょうか。その答えは、水星が悪いわけではなく、水星の置かれた「立地」そのものにあります。

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惑星が衛星を持つための条件|重力の勢力圏「ヒル球」

Image Credit: NASA

惑星が衛星を持てるかどうかは、その惑星の周りに「安定して物を周回させられる空間」がどれだけ確保できるかで決まります。

天体の周りには、その天体自身の重力がまわりの重力(この場合は太陽の重力)よりも強く働く範囲があります。この範囲を「ヒル球」と呼びます。衛星になろうとする天体は、このヒル球の内側にいなければ、惑星ではなく太陽の重力に引っ張られてしまい、惑星の周りに留まることができません。

ヒル球の大きさは、惑星の質量が大きいほど、また太陽から離れているほど広くなります。つまり、惑星の「重さ」と「太陽からの距離」という2つの条件が、その惑星がどれだけ衛星を持ちやすいかを決めているのです。

数値で見る、水星の勢力圏の狭さ

この関係を数値で比べてみると、水星の厳しさがよくわかります。

惑星ヒル球の半径惑星本体の半径の何倍か
水星約17万5,000km約72倍
地球約147万km約231倍
木星約5,060万km約707倍

水星のヒル球は、惑星本体との比率で見ても、地球や木星よりはるかに小さいことが分かります。

地球から月までの距離(約38万km)は、水星のヒル球半径(約17.5万km)の2倍以上あります。仮に地球の月をそのまま水星に持っていったとしても、水星の重力が及ぶ範囲の外に出てしまい、太陽の重力にさらわれてしまう計算になるのです。

ヒル球の「内側」しか、本当は安全ではない

問題は、ヒル球の広さだけではありません。ヒル球ぎりぎりの軌道は理論上の限界であって、実際に長期間安定していられる範囲は、その内側のさらに一部に限られます。

ヒル球の外周に近づくほど、太陽の潮汐力(天体の近い側と遠い側で重力の強さが異なることで生じる、引き伸ばす方向の力)による軌道の乱れが大きくなり、衛星は少しずつ軌道を乱されて、最終的にはヒル球の外へ弾き出されてしまいます。天文学の軌道計算では、長期的に安定していられるのはヒル球のさらに内側、目安としておよそ半分以下の領域だとされています。

つまり水星の場合、実際に衛星が安定して周回できる範囲は、17万5,000kmよりもさらに狭い、惑星本体のすぐそばに限られてしまうのです。

もう一つの壁|内側からせまる潮汐力による破壊

外側からはヒル球の限界がせまる一方、内側からも別の壁がせまっています。惑星に近づきすぎた衛星は、自己重力だけで形を保っている場合、潮汐力によって引き裂かれてしまいます。この破壊が起こる境界を「ロッシュ限界」と呼びます。

つまり水星の周りには、「近づきすぎれば惑星の潮汐力で壊され、離れすぎれば太陽の重力に奪われる」という、外と内の両方から挟み撃ちにされた、非常に狭い安全地帯しか残されていません。

46億年という時間が、可能性を消し去った

仮に水星が誕生した直後、周囲に破片が残っていて、そこから小さな衛星の種ができていたとしても、この狭い安全地帯に収まらない限り、長い時間の中で少しずつ軌道を乱され、太陽に奪われるか、水星本体に落下するかのどちらかの運命をたどったと考えられています。

水星は誕生から46億年という長大な時間を経てきました。狭い安全地帯からわずかでもはみ出した衛星候補は、その途方もない時間の中で、いずれ淘汰されてしまったのです。

理解のまとめ

水星に衛星がないのは、偶然でも設計ミスでもありません。

だから、この現象は「太陽に近いことで惑星本体の重力が及ぶ範囲(ヒル球)自体が小さいこと」と、「その内側でも、外は太陽の潮汐力、内は惑星自身の潮汐力によって、安定した軌道がほとんど残されていないこと」という2つの構造で説明できます。太陽にもっとも近いという立地が、水星から「連れ」を持つ自由を奪っているのです。

参考文献

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この記事を書いた人

「深夜の星空喫茶」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

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