日本とヨーロッパが共同で開発した水星探査機「BepiColombo(ベピコロンボ)」は、2018年10月20日にフランス領ギアナから打ち上げられました。搭載されている2機の探査機のうち、日本が開発を担当したのが水星磁気圏探査機「みお(Mio)」です。
打ち上げから7年以上が経過した2026年6月15日、BepiColomboは水星到達に向けた最終フェーズに入りました。最大の関門である水星周回軌道への投入は、2026年11月21日に予定されています。

BepiColombo(ベピコロンボ)とは何か|2機体制で水星の磁場と内部を探る
BepiColomboは、2つの異なる探査機を1つの機体として打ち上げ、水星到着後に分離するという珍しい構成を取っています。
- MPO(水星表面探査機):欧州宇宙機関(ESA)が開発。水星の表面地形や組成、重力場を詳しく調べる。
- みお(Mio/水星磁気圏探査機):宇宙航空研究開発機構(JAXA)が開発。水星の磁場と、太陽風が磁場とぶつかってできる磁気圏の構造を調べる。
2機が異なる高度の軌道に入り同時に観測することで、水星の磁場を「内側」と「外側」の両方から立体的に測定できる点が、このミッション最大の特徴です。

なぜ2機体制での再探査が必要だったのか
水星を探査した機体は、これまでアメリカの「マリナー10号」(1974〜1975年に3回フライバイ)と「メッセンジャー」(2011〜2015年に周回探査)の2機だけでした。
メッセンジャーの観測によって、水星に地球と同じダイナモ機構による磁場が存在し、その中心が北へ約400kmもズレていることが判明しました。しかし、メッセンジャーは1機だけだったため、磁場の変化が「その場所で時間的に変わった」のか、「別の場所に違う構造があった」のかを区別することが困難でした。
BepiColomboが2機同時観測にこだわるのは、この限界を突破するためです。異なる場所にある2つの観測点で同時にデータを取ることで、初めて水星の磁場が刻一刻とどう変形しているのかを立体的に再構成できます。
技術的挑戦|太陽に近づくほど「加速」してしまう問題
水星探査における最大の技術的難関は、望遠鏡の性能でも通信距離でもなく、「水星に近づくほど、探査機は勝手に加速してしまう」という重力の構造にあります。
太陽に近づく軌道では、太陽の強い重力によって探査機は絶えず加速され続けます。地球から火星や木星に向かう場合とは逆に、水星へ向かう探査機は「減速」のための莫大なエネルギーを必要とするのです。もし燃料を積んだロケットエンジンだけで正面からこの減速を行おうとすると、機体の大部分が燃料タンクで占められ、観測機器を積む余地がなくなってしまいます。
BepiColomboはこの問題を、2つの技術の組み合わせで解決しました。
- 太陽電気推進(イオンエンジン):キセノンガスを電気の力で噴射し続ける、燃費に優れたエンジン。推力は非常に弱いものの、巡航中の7年間、長期間にわたって断続的に噴射を続け少しずつ速度を調整しました。
- 重力アシスト(スイングバイ):地球1回、金星2回、水星6回、合計9回にわたって惑星の重力を利用し、通過のたびに速度を段階的に落としていきました。
この2つを組み合わせても、最終的に水星の重力に「捕まる」ためには、2026年11月21日にエンジンを噴射する最後の一押しが必要です。このタイミングを外せば、探査機は水星をかすめて再び太陽の重力に引き戻されてしまいます。軌道投入後も、MPOとみおは2027年3月にかけて段階的に高度を下げ、それぞれの観測軌道へと移っていく計画です。
科学的意義|磁場・内部・水の氷を同時に解明する
BepiColomboが明らかにしようとしている謎は、大きく3つに整理できます。
- 磁場の立体構造:なぜ磁場の中心が北へズレているのか、その偏りがどう変動するのかを2機同時観測で解明する。
- 鉄のコアの内部構造:硫黄などの軽い元素を含む液体の鉄がどれほどの厚みで残っているのか、自転のわずかな揺らぎ(秤動)から推定する。
- 極域クレーターの氷:灼熱の水星でありながら、太陽光が全く届かない極域クレーターの底に氷が存在する証拠をメッセンジャーが発見しており、その量と起源を確かめる。
これらはいずれも、水星という惑星が「なぜ小さいのに磁場を持ち続けているのか」という一つの謎に収束していきます。

将来への接続|太陽に近い岩石惑星の標準モデルへ
BepiColomboで得られるデータは、水星単体の理解にとどまりません。太陽系外では、恒星のすぐそばを回る「ホットスーパーアース」と呼ばれる岩石惑星が数多く発見されています。これらの系外惑星は望遠鏡で直接内部を観測することができないため、地球から現地調査が可能な水星は、恒星に近い岩石惑星の内部構造を知るための貴重な実例です。
また、今回BepiColomboで実証された太陽電気推進と多重スイングバイを組み合わせた航法は、今後の水星以外の内惑星探査や、より遠方への低燃費ミッションにも応用が見込まれる技術です。
2026年11月21日、探査機群が水星の重力に捕らえられた瞬間、7年間の航海は新たな観測フェーズへと切り替わります。

参考文献
- ESA|BepiColombo
- JAXA|水星磁気圏探査機「みお」
- ISAS/JAXA|Change in arrival time for the international Mercury exploration mission, BepiColombo
- Cosmos ISAS|1 Earth, 2 Venus, 6 Mercury: the route of BepiColombo to reach Mercury