初めての双眼鏡の選び方|口径と倍率、夜空を決めるのはどちらか

天体観測用の双眼鏡を探して通販サイトを見ると、「8×42」「10×50」「7×50」といった数字が並びます。前の数字が倍率、後ろの数字が対物レンズの口径(mm)です。意味はわかるけれど、どちらをどう選べば夜空がよく見えるのかは、そこには書かれていません。

商品説明でいちばん目立つのは、たいてい倍率です。10倍と8倍が並んでいれば、10倍のほうがよく見えそうに思えます。ところが夜空に関しては、倍率は主役ではありません。

この記事で扱うのは、双眼鏡選びを支配しているたった一本の式と、その式が教えてくれるスペック表の読み違いです。割り算がひとつあるだけの式ですが、これがわかると、並んだ数字は「自分の観測スタイルに合うかどうか」を判定する道具に変わります。

Image Credit: Unsplash
目次

倍率が主役に見えてしまう理由

倍率に目が行くのは、読者の勘違いではありません。昼間の用途では、倍率が実際に主役だからです。

野鳥を観察する、スポーツ観戦で選手の表情を追う。こうした場面では対象が十分に明るいので、あとはどれだけ大きく見えるかが満足度を決めます。倍率が高いほど良い、という感覚はここでは正しく働きます。

夜空だけが例外です。星は暗いく、どれだけ大きく見せても、光が足りなければ見えないものは見えません。夜の観測では、拡大よりも先に「光を集めること」が課題になります。この違いが、双眼鏡選びをややこしくしています。

双眼鏡選びを支配する一本の式

型番の2つの数字は、次の式で結びついています。

ひとみ径(mm) = 口径(mm) ÷ 倍率

「8×42」なら、42 ÷ 8 = 5.25mm。「7×50」なら、50 ÷ 7 ≒ 7.1mm。

ひとみ径とは、双眼鏡の接眼レンズから出てきて目に入る、光の束の太さです。双眼鏡の対物レンズ(前側)を明るい窓のほうに向け、接眼レンズを30cmほど離れた位置から眺めると、小さな明るい円が浮かんで見えます。あれがひとみ径の実体です。

この値を、暗いところで開いた自分の瞳の直径と比べる。それだけで、その双眼鏡が夜空に向いているかどうかの見当がつきます。なぜそう言えるのかを、倍率と口径に分けて見ていきます。

倍率は光を増やさない

倍率が上げているのは像の大きさだけで、集めてくる光の総量には手を触れていません。

同じ量の光をより広い面積に引き伸ばすわけですから、視野はむしろ暗くなります。実際、式のとおり倍率を上げればひとみ径は細くなり、目に届く光の束は痩せていきます。

倍率にはもうひとつ、手ブレという代償があります。ブレの見かけの大きさは倍率に比例して増えるため、10倍を超えたあたりから、手持ちでは像が定まりにくくなります。一般に手持ちの実用上限は8倍から10倍程度とされ、それ以上の倍率を活かすには三脚が前提になります。

つまり倍率を上げることは、視野を暗くし、像を揺らし、その代わりに対象を大きくする取引です。得るものと失うものが両方ある。ここが「高いほど良い」とはならない理由です。

口径は集光力を2乗で決める

一方、口径が決めているのは集光力です。その双眼鏡が、肉眼の何倍の光を集められるかを表す値になります。

比較する相手は自分の目です。暗いところで瞳が7mmまで開いているとき、肉眼は直径7mmのレンズを1枚持っているのと変わりません。双眼鏡の口径とは、このレンズを何mmまで大きくできるかという話です。

レンズが受け止める光の量は面積に比例し、面積は直径の2乗で効きます。だから口径が2倍になれば、集める光は4倍になる。瞳7mmに対して口径42mmはちょうど6倍ですから、集光力は6の2乗で36倍です。

暗い空で肉眼が見分けられるのは6.0等までです。そこから何等ぶん深くまで届くようになるかを、口径ごとに並べます。

口径集光力(肉眼比)何等星まで届くか(理論値)
20mm約8倍6.0等 → 約8.3等
42mm約36倍6.0等 → 約9.9等
50mm約51倍6.0等 → 約10.3等

※3列目は Δ等級 = 2.5 × log₁₀(集光力比) で求めています。等級は5等の差がちょうど明るさ100倍になるように定められていて、この2.5はその決め方から出てくる係数です。集光力が100倍になれば、届く等級はちょうど5等ぶん深くなる。その比率を換算しているだけなので、式そのものを覚える必要はありません。

42mmなら、肉眼では見えなかった9等台の星が現れる計算になります。ただしこれは理論値です。実際にはレンズやプリズムを通るときに光が失われますし(多層コーティングの機種で0.1〜0.2等ほど)、それ以上に効いてくるのが空の背景の明るさです。街明かりの下では、理論値に1〜2等届かないことも珍しくありません。

もっとも、口径が大きければそれでいいという話ではありません。スペック表には、この口径の差を見えなくしてしまう数字があります。

カタログの「明るさ」は口径を表していない

双眼鏡のスペック表には「明るさ」という項目があります。数字が大きいほど明るいのだろうと読めますし、その理解はある範囲では正しいのですが、この数字は口径をまったく反映していません。

3機種を並べると、そのねじれがはっきりします。

機種ひとみ径カタログの「明るさ」集光力(肉眼比)
4×205.0mm25約8倍
8×425.25mm約28約36倍
7×507.1mm約51約51倍

※7×50だけは、倍率の7と暗いところで開いた瞳の7mmが一致するため、「明るさ」と集光力がたまたま同じ51になります。数字は同じでも、測っているものは別です。

4×20と8×42を見比べてください。「明るさ」は25と28でほとんど変わらないのに、集光力は8倍と36倍で4倍以上の開きがあります。カタログ上ほぼ互角に見える2機種が、夜空ではまるで違う道具になります。

理由は、この2つの数字が別々のものを測っているからです。

「明るさ」はひとみ径の2乗として定義されていて、面積を持って広がる天体の見え方に対応します。天の川、星雲、月の表面。こうした対象は視野の中で面として広がるので、単位面積あたりどれだけ光が届くかが効きます。そしてこの面の明るさは、どんな双眼鏡を使っても肉眼を超えることはありません。ひとみ径が瞳と同じ太さのときに肉眼と並び、細くなるほど暗くなります。

メーカーがいう「明るさ」は、夜空全体の見えやすさを表す総合評価ではありません。ひとみ径だけから計算された値で、集光力とは別の指標です。

では、双眼鏡で天の川を見る意味はどこにあるのでしょうか。面としての明るさは上がりませんが、視野の中で大きく広がり、肉眼では溶け合っていた一つひとつの星が分かれて見えます。濃く見えるのは明るくなったからではなく、見分けられる細部が増えるからです。

対して星のような点は、拡大しても点のままです。集めた光が広がらずに一点へ集まるので、見かけの明るさは口径の2乗にそのまま比例します。暗い星がどこまで見えるかを決めているのは、こちらです。

だから「天の川が濃く見えるか」と「暗い星まで見えるか」は、別々の数字に支配されています。ひとつの「明るさ」という言葉で両方を判断しようとすると、選択を誤ります。

ひとみ径は瞳より太くても意味がない

もうひとつ、7×50のひとみ径7.1mmという数字には注意が必要です。

双眼鏡から出てくる光の束が瞳より太い場合、はみ出した分は目に入りません。瞳孔のまわりで光の量を調節している虹彩に遮られ、そこで捨てられます。7.1mmの光束を使い切るには、瞳が7.1mmまで開いている必要があるわけです。

暗い場所で目が慣れ、瞳孔が最大まで開いた状態を暗順応といいます。その直径は一般に若い人で7mm前後、加齢とともに縮んで40代では6mm前後になるとされています。つまり7×50の性能を額面どおり引き出せる条件は、それなりに限られます。

さらに空の側の事情もあります。街明かりのある場所では、背景の空自体がぼんやり光っています。この背景光も面として広がる光ですから、その明るさはひとみ径で決まります。ただし肉眼を超えることはないので、ひとみ径が瞳と同じ太さになったところで頭打ちです。

そこからさらに太くしても、背景がこれ以上明るくなることはありません。代わりに損をするのは星のほうです。瞳が5mmしか開いていない場所で7×50を覗けば、光束の外側は虹彩で捨てられ、実際に働く口径は 5 × 7 = 35mm相当まで落ちます。同じ50mmでも、10×50ならひとみ径5.0mmが瞳に収まり、50mmぶんの光がそのまま星に届きます。光害地でひとみ径を絞ったほうが星が浮き上がるのは、背景が下がるからではなく、口径を使い切れるからです。

瞳が7mmまで開く暗い空なら、7mm級のひとみ径が活きます。面として広がる天体の明るさは、ひとみ径が瞳と並んだところで肉眼に追いつくので、天の川や星雲をいちばん明るく見られるのがこの条件です。市街地や近郊で使うなら5mm前後に抑えたほうが星は浮き上がります。同じ50mmでも、7倍と10倍で用途が分かれるのはこのためです。

構造から導く3つの問い

ここまでの物理を、選択の場面に落とし込みます。判断は次の3つに還元できます。

問い効いている構造導かれる答え
どこで見るか光害地では瞳が開ききらず、太すぎるひとみ径は口径を使い切れない市街地・近郊ならひとみ径5mm前後/遠征前提なら7mmが活きる
手持ちか三脚かブレの見かけの大きさは倍率に比例する手持ちなら7〜10倍(10倍は肘の固定を推奨)/三脚があれば10倍超も選べる
どれだけ長く見上げるか上を向く姿勢では重量がそのまま持続時間を決める50mm級はおおむね800g〜1kg、42mm級は600〜700g程度

3つ目は物理というより体の話ですが、実際の観測ではここが重要です。空を見上げる姿勢は腕にも首にも負担がかかり、重い機種ほど覗いている時間が短くなります。集光力で勝っていても、使う時間が半分になれば見える数は減ります。

最初の一台をどう選ぶか

以上を踏まえて、入門クラスから3つに絞ります。

はじめに断っておくと、推奨の根拠はここまで説明した光学の構造だけです。個々人で感じ方が変わるような指標、たとえば使い勝手、見た目、などは根拠として用いていません。

1. 8×42クラス(実売1〜2万円程度)

最初の一台として構造的にいちばん素直な選択です。ひとみ径5.25mmが市街地から近郊の瞳の開き方と噛み合い、口径を無駄なく使い切れます。集光力は肉眼の約36倍あり、重量も600〜700g程度に収まるので、見上げ続ける姿勢に耐えられます。8倍は手持ちの範囲に十分入っています。

2. 7×50クラス(実売1〜2万円程度)

暗い空まで出かけられる人向けです。ひとみ径7.1mmは、瞳が開ききる環境でこそ意味を持ちます。逆に言えば、街中で使うぶんには太すぎる光束を持て余します。重量が800g〜1kgに増える点も含めて、遠征を前提にするかどうかで評価が変わる機種です。

3. 10×50クラス(実売1.5〜2.5万円程度)

月のクレーターや木星の並びなど、対象をはっきり見たい興味が強い場合に。ひとみ径5mmで光害に強く、口径50mmぶんの集光力も確保できます。ただし10倍は手持ちの上限ぎりぎりです。三脚に載せられるか、手すりなどに肘を固定して使えるかを考えてから選んでください。

3つのどれを選んでも、肉眼では届かなかった等級まで見えるようになります。順位をつけるより、自分がどこで何分覗くのかを先に決めるほうが、選択は早く決まります。

買ったあと、今夜どこに向けるか

道具が届いたら、次の3つを試してみてください。どれも入門クラスの双眼鏡で届く範囲にあります。

ただし、3つがいつでも同時に狙えるわけではありません。月は満ち欠けで、天の川とオリオン大星雲は季節で入れ替わります。木星も、およそ13か月ごとに太陽の向こう側へ回り込む時期があり、その前後1か月ほどは太陽に近すぎて見つけられません。今夜狙えるものから試してください。

の欠け際

満月ではなく、半月前後を狙います。満月は正面から光が当たっているため、表面が平坦にしか見えません。欠け際では太陽の光が横から差し、クレーターの縁が長い影を落とします。凹凸が立体として立ち上がる瞬間は、双眼鏡で最初に驚く光景のひとつです。

木星ガリレオ衛星

木星のそばに、点が数個ほぼ一直線に並んでいるのが見えます。ガリレオ・ガリレイが1610年に確認したのと同じ光景です。衛星は4等台から5等台の明るさで、集めた光の量という点では入門双眼鏡に十分な余裕があります。難しいのは木星の輝きから点を切り離すことのほうで、ここでは倍率が効きます。手すりなどに肘を固定して像を止めると、見える数が増えます。並び方は一晩でも変わっていきます。

夏の天の川、冬のオリオン大星雲

面として広がる天体です。ここでひとみ径の話が効いてきます。暗い空へ行けたときとベランダから見たときで、同じ双眼鏡でも見え方が変わることを体験できるはずです。

選べるようになると、空の見え方が変わる

双眼鏡選びで迷うのは、スペック表が構造を教えてくれないからです。ひとみ径 = 口径 ÷ 倍率という式をひとつ持っておけば、並んだ数字は判定できる情報に変わります。倍率は像を大きくするだけで光を増やしません。口径は集光力を2乗で決まります。ひとみ径は瞳と釣り合ったところで最も効率がよいです。

この3つを押さえれば、店頭で何を聞けばいいかも決まります。

そして選び終えたあとに待っているのは、数字ではなく光景のほうです。暗い空へ出かけられた夜には、肉眼で6等までしか届かなかった空に9等台の星が現れます。街中でもその差は同じだけ効いていて、肉眼では数個しか見えなかった範囲に、いくつもの星が浮かび上がってきます。同じ夜空に、見えていなかった層が重なっていたことを知った今夜、その一台を空に向けてみてください。

参考文献

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!

この記事を書いた人

「深夜の星空研究室」管理人。 三度の飯より星とミルクティーが好き。飯もちゃんと好き。

目次