夜空を見上げても、そこに年齢は書かれていません。星の光にも銀河の渦にも、経過した時間を示す目盛りはついていないのです。
それでも天文学は、宇宙の年齢を138億年という具体的な数字で答えます。しかも誤差はおよそ2,300万年。全体の0.2%以下という精度です。
誕生を見た人はいません。動いていた時計も残っていません。では、この数字はどこから出てきたのでしょうか。
答えを知るには、3つの異なる手がかりを組み合わせます。
一つ目は、現在の膨張の速さから宇宙年齢のおおよその桁をつかむ方法。二つ目は、宇宙背景放射から膨張の歴史を精密に再現し、138億年という値を計算する方法。そして三つ目は、最も古い星を使って、その答えが現実の宇宙と矛盾していないかを確かめる方法です。
3つは同じ数字を同じ精度で測っているわけではありません。それぞれ違う角度から、宇宙がどれほど長い時間をかけて現在の姿になったのかを調べています。その結果が、138億年という現在の最良の答えにつながっています。

宇宙の年齢を「測る」とは何をすることか
望遠鏡が直接映し出すのは、「宇宙の年齢」という数字ではありません。銀河までの距離や、遠ざかる速さ、遠い昔に放たれた光。観測できるのは、宇宙の歴史を読み解くための手がかりです。年齢という量は、どの観測装置にも直接は映らないのです。
そこで天文学は、膨張という現象を逆回しにします。いま広がりつつある宇宙を、映像の逆再生のように縮めていきます。現在の宇宙の膨張を過去へ向かって逆再生し、宇宙の大きさを表す尺度が極端に小さくなるまでさかのぼるとき、その巻き戻しに要した時間が宇宙の年齢です。
宇宙の年齢とは
現在観測されている膨張を過去へさかのぼり、宇宙の大きさを表す尺度が極端に小さくなるまでの時間。観測された値そのものではなく、膨張の歴史から計算される量です。
この定義には重要な含みがあります。逆再生の速さが途中で変わっていたなら、答えも変わってしまいます。つまり宇宙の年齢は、どこかから読み取る数字ではなく、膨張の歴史をどう再現するかで決まる数字なのです。
この記事では、宇宙の年齢を考えるための3つの手がかりを順に解説します。
物差し①:膨張の速さを逆回しにする
出発点は、1927年にジョルジュ・ルメートルが理論から導き、1929年にエドウィン・ハッブルが観測で示した関係です。
遠くの銀河ほど、速く遠ざかっていました。しかもその速さは、距離にきれいに比例していたのです。
ハッブル・ルメートルの法則とは
銀河が遠ざかる速さは、地球からの距離に比例するという関係。その比例定数をハッブル定数(H₀)と呼びます。
ハッブル定数の単位は km/s/Mpc という見慣れない形をしています。Mpc(メガパーセク)は約326万光年。つまり「326万光年遠ざかるごとに、後退する速さが何km/s増えるか」を表す数値です。現在得られている測定値は、およそ67から73の間です。
ここに、時間を取り出す仕掛けがあります。この単位は、速さ(km/s)を距離(Mpc)で割った形をしています。kmとMpcはどちらも長さですから、約分すると残るのは 1/秒。逆数をとれば、そのまま時間になるのです。
実際に計算してみましょう。H₀ = 67.4 の逆数は、約145億年になります。
ハッブル時間とは
ハッブル定数の逆数。膨張の速さが誕生から現在までずっと一定だったと仮定した場合の、宇宙の年齢にあたる時間です。
たった一つの数値を割り算するだけで見えてくる、宇宙の年齢のおおよその桁。これがもっとも単純な物差しです。
単純な割り算では答えが出ない理由
しかし、145億年は正解ではありません。この計算には「膨張の速さは昔から変わっていない」という強い仮定が入っているからです。
現実の宇宙で、その仮定は成り立ちません。
誕生からしばらくの間、宇宙の膨張は減速していました。物質どうしが重力で引き合い、広がろうとする動きにブレーキをかけていたのです。ところがおよそ60億年前を境に、膨張は加速へと転じます。空間そのものを押し広げる働きが、重力のブレーキを上回りました。
減速と加速では、年齢に与える効果が逆を向きます。
- 昔ほど速く膨張していたのなら、巻き戻しは早く終わる。年齢は145億年より短くなる
- 最近になって加速している分は、巻き戻しを遅らせる。年齢は長くなる
実際の年齢は、この2つが差し引きされた結果です。
したがって年齢を求めるには、現在の膨張率だけでは足りません。宇宙が何でできているか。物質とダークエネルギーがどんな割合で入っているか。その配合が決まって初めて、膨張の歴史が一本に定まります。
ΛCDMモデルとは
宇宙が通常の物質・暗黒物質・ダークエネルギーで構成されているとする標準的な宇宙モデル。それぞれの割合を決めれば、過去から未来までの膨張の歴史が計算できます。

物差し②:宇宙背景放射の模様から決める
では、その配合をどうやって知るのでしょうか。ここで2つ目の物差しが登場します。
宇宙誕生から38万年後に解き放たれた光は、いまも全天から届いています。温度は約2.7K。そして完全な均一ではなく、10万分の1度ほどの濃淡が刻まれています。
この濃淡の模様が、精密な物差しになります。

晴れ上がりの瞬間まで、宇宙は音波が伝わる高温のガスで満たされていました。誕生から38万年という限られた時間で、その音波が進める距離には上限があります。この距離は物理から計算できるため、実寸のわかった定規として使えるのです。
観測できるのは、その定規が空にどれくらいの角度で写っているかです。実寸と見かけの角度を手がかりに、宇宙の中身と膨張の歴史を絞り込んでいきます。その結果として、宇宙がいつから現在まで膨張してきたのかを計算できるのです。同時に、宇宙の中身の配合まで絞り込まれていきます。
ESAのプランク衛星による観測は、この解析から H₀ = 67.4 ± 0.5 km/s/Mpc という値を導きました。ここから計算される宇宙の年齢が、137億9,700万年(誤差2,300万年)です。冒頭に挙げた138億年という数字は、ここから来ています。

物差し③:最も古い星が決める下限
ここまでの2つは、どちらも膨張のモデルに依存しています。モデルが間違っていれば、答えも一緒に間違ってしまうでしょう。だからこそ、まったく別の原理による確認が必要になります。
3つ目の物差しは、星そのものです。
球状星団は、数十万個の星がほぼ同時に生まれた集団です。同時に生まれても、重い星ほど速く燃料を使い果たすため、時間の経過とともに明るい星から順に主系列を離れていきます。星を温度と明るさで並べた図の上で、主系列がどこまで残っているかを見れば、その集団の年齢が読み取れます。
では、もっと直接的に年齢を読み取る方法はないのでしょうか。燃え尽きた星が残した芯は核融合を終えているため、あとはただ冷えていくだけです。冷え方の速さは物理から計算できます。つまり現在の温度を測れば、燃え尽きてから何年たったかがわかるのです。
ハッブル宇宙望遠鏡による球状星団M4の観測では、最も暗い白色矮星まで含めた冷却の様子から、星団の年齢は約120億年と見積もられました。
ただし、これは宇宙が誕生してすぐにM4が生まれたという意味ではありません。最初の星や星団が生まれるまでには時間が必要です。そのため、M4のような古い星団の存在は、宇宙が少なくとも100億年を大きく超える長い歴史を持つことを示しています。
白色矮星の冷却年齢だけで宇宙の年齢を138億年と決めることはできません。それでも、膨張のモデルとは別の物理から得られる星の年齢が、138億年という宇宙像と矛盾していないことは重要です。
この物差しの役割は、宇宙年齢に下限を与えることです。
宇宙は、その中に入っている星より若くはなれません。100億年以上の長い時間をかけて進化してきた星が現に存在するなら、宇宙の年齢がそれを大幅に下回ることはできないはずです。
もちろん、星の年齢にも観測やモデルによる誤差があります。そのため古い星だけから宇宙の年齢を一点に決めることはできません。それでも、膨張のモデルとは別の物理から「宇宙は十分に古くなければならない」という制約を与えられる点が重要です。

三つの物差しが重なる意味
整理します。
- 膨張率の逆数からは、宇宙の年齢がおよそ100億年単位になることがわかる
- 宇宙背景放射の模様からは、宇宙の中身と膨張の歴史を再現し、137億9,700万年という精密な値が計算できる
- 最も古い星からは、宇宙がそれより大幅に若いという答えと矛盾しないかを確かめられる
3つは、同じ方法で宇宙の年齢を測っているわけではありません。
最初の方法は、現在の膨張率から年齢のおおよその桁をつかみます。二つ目の方法は、宇宙背景放射を手がかりに膨張の歴史を精密に再現し、138億年という値を計算します。そして三つ目の方法は、実際に宇宙の中に存在する古い星を使って、その答えが現実と矛盾していないかを確かめます。
役割はそれぞれ違います。それでも、3つから得られる結論は、宇宙が約138億年という長い時間をかけて現在の姿になったという描像と整合しています。
138億年という数字が信頼されている理由は、一つの観測だけから決められた数字ではないからです。現在の膨張、遠い昔の宇宙の光、そして古い星という異なる手がかりが、同じ宇宙の歴史を指しています。
いま、その一致が揺れている
ただし、話はここで終わりません。近年、この重なりに無視できないずれが見つかっています。
ハッブル定数を測る方法は、代表的には2つのアプローチがあります。
一つは、遠方の宇宙から決める方法。プランク衛星による宇宙背景放射の解析がこれにあたり、値は 67.4 ± 0.5 km/s/Mpc でした。
もう一つは、近くの宇宙で直接測る方法です。周期と明るさが連動するセファイド変光星や、爆発の明るさがほぼ決まっているIa型超新星を階段のようにつないで距離を求め、遠ざかる速さと突き合わせます。この測定値は 73.04 ± 1.04 km/s/Mpc です。
67.4 と 73.0。それぞれの誤差の幅を考えると、この2つは重なりません。統計的な食い違いは5σを超えており、偶然では説明できない水準に達しています。これがハッブル・テンションと呼ばれる問題です。
やっかいなのは、精度が上がっても差が縮まらないことでしょう。ジェイムズ・ウェッブ宇宙望遠鏡による再観測でも、近傍測定の値は73前後から動きませんでした。距離梯子に潜む単純な観測誤差だけで説明するのは、以前より難しくなっています。
年齢の側から見ると、この食い違いの重要さがよくわかります。宇宙の年齢は、現在の膨張率だけで決まるわけではありません。宇宙を構成する物質やダークエネルギーの割合も必要です。それでも、膨張率を現在の標準的な宇宙モデルから期待される値より高くすると、計算される宇宙の年齢は短くなる方向へ動きます。
一方で、宇宙には100億年以上の長い時間をかけて進化してきた古い星や星団が存在します。宇宙を短く見積もりすぎれば、星の年齢との整合性も厳しくなります。
つまりこれは、小数点以下を争う精度の問題ではありません。膨張率、宇宙の中身、そして星の年齢という異なる知識を、すべて矛盾なく説明できるかという問題なのです。まだ知らない現象が隠れている可能性も示されています。
つまりこれは、小数点以下を争う精度の問題ではありません。膨張率・宇宙の中身・星の年齢という独立した3つの知識が、同時には成り立たなくなっています。まだ知らない現象が隠れている可能性を示す状況です。
さらに近年、宇宙の中身の側にも揺らぎが生じています。DESIによる銀河の3次元地図の解析では、ダークエネルギーが時間とともに変化している可能性が、これまでより強く示されました。採用するダークエネルギーのモデルによっては、計算される宇宙の年齢も数千万年から数億年単位で変わります。
年齢は膨張史のモデルに依存する量である。冒頭に置いたこの性質が、そのまま具体的な数字として現れているわけです。
まとめ|宇宙の年齢は「読み取った数字」ではない
ここまでを整理します。
宇宙の年齢とは、膨張を逆再生した結果です。計算には2つの入力が要ります。現在の膨張率と、宇宙の中身の配合。この2つが決まって初めて、巻き戻しの速さが時代ごとに定まり、一点に重なるまでの時間が出てきます。
138億年という数字が信頼されている理由は、一つの観測だけから決められた数字ではないからです。現在の膨張率は宇宙年齢のおおよその桁を示し、宇宙背景放射は膨張の歴史から精密な値を計算し、最も古い星はその答えが現実の宇宙と矛盾していないかを確かめます。
3つは同じ方法で年齢を測っているわけではありません。それぞれ違う角度から、宇宙が約138億年という長い歴史を持つという現在の宇宙像を支えているのです。
そして現在、その3つの間に5σのずれが生じています。揺れているのは年齢という答えではなく、答えを出すために使っている入力のほうです。ハッブル・テンションが解決したとき、138億年という数字も少し動くかもしれません。
今夜、街明かりの外で夜空を見上げてみてください。視界に入る光のほとんどは、数十年から数千年前に出発したものです。その一つひとつが、膨張の歴史に刻まれた目盛りでもあります。宇宙の年齢とは、この目盛りを読み直すたびに書き換えられてきた、現時点での最良の答えなのです。
参考文献
- NASA|WMAP Overview
- ESA|Planck and the cosmic microwave background
- Planck Collaboration (2020)|Planck 2018 results. VI. Cosmological parameters, A&A 641, A6
- Riess et al. (2022)|A Comprehensive Measurement of the Local Value of the Hubble Constant, ApJL 934, L7
- NASA/ESA|Webb and Hubble telescopes affirm Universe’s expansion rate
- NASA|Hubble Pinpoints White Dwarfs in Globular Cluster (M4)
- Hansen et al. (2004)|Hubble Space Telescope Observations of the White Dwarf Cooling Sequence of M4, ApJS 155, 551
- DESI Collaboration (2025)|DESI DR2 Results II: Measurements of Baryon Acoustic Oscillations and Cosmological Constraints