金星は分厚い雲に覆われているため、可視光では厚い雲の向こうにある地表を見ることができません。金星表面のほぼ全域を高解像度で描き出したのが、NASAが1989年に打ち上げた探査機「マゼラン」です。マゼランが残した地形データは、今も金星研究の土台として使われ続けています。

ミッション概要
マゼランは1989年5月4日、スペースシャトル・アトランティスに搭載されて打ち上げられました。惑星探査機がスペースシャトルから打ち上げられたのは、これが初めてのことです。1990年8月に金星周回軌道に到達し、合成開口レーダー(SAR)を使って金星表面のマッピングを開始しました。

なぜレーダーによる探査が必要だったのか
マゼラン以前にも金星を訪れた探査機はありましたが、雲を透過して地表を撮影できる観測機器を持つ探査機は限られており、得られる地形の分解能にも限界がありました。金星の地質を理解するには、火山地形や地殻の構造を、精細な地図として把握する必要があります。マゼランは、この課題に応えるために計画されました。
技術的挑戦|合成開口レーダーとエアロブレーキング
マゼランの中心的な観測機器は、合成開口レーダー(SAR)と呼ばれる技術です。探査機が移動する間に得られた観測データを合成し、実際よりもはるかに大きなアンテナで観測したのと同等の解像度を実現します。金星表面の98%を、分解能100〜150mという当時としては極めて高い精度でマッピングすることに成功しました。
もう一つの技術的挑戦が「エアロブレーキング」です。1993年、マゼランは金星の上層大気にわずかに機体をかすらせ、大気の抵抗を利用して軌道を減速させる操作を75日間かけて行いました。これにより、周回時間189分の細長い楕円軌道を、94分の円に近い軌道へと変更しました。燃料を使うロケット噴射ではなく上層大気の抵抗で軌道を整えるこの手法は、後の火星探査機など多くのミッションで標準的に使われる技術となりました。
科学的意義
軌道を整えたマゼランは、金星の重力場をより精密に測定できるようになり、地下の質量分布から内部構造を推定するデータも得られました。マゼランが撮影した地形図には、「コロナ」と呼ばれる地下から上昇した高温の物質によってできたと考えられる巨大な環状地形や、無数の火山地形が写し出されており、これらのデータは後年、金星のプレートテクトニクスやコアの状態を調べる研究で繰り返し再解析されることになります。

将来への接続
1994年9月、燃料が尽きつつあったマゼランは、太陽電池パネルを風車のように大気抵抗に当てる「ウィンドミル実験」を行い、上層大気の密度データを収集しました。同年10月13日、軌道を意図的に低下させて金星大気に突入し、約15,000周にわたる観測を終えました。
マゼランが描き出した地形図は、2030年代に打ち上げが予定されているESAの「EnVision」が、さらに高い解像度で更新することを目指す出発点になっています。30年以上前のデータが、次世代ミッションの設計図として今も参照され続けているのです。

参考文献
- NASA|30 Years Ago: Magellan off to Map Venus
- NASA|Magellan
- The Magellan Venus mapping mission: Aerobraking operations|ScienceDirect