夜空の惑星たちは、でたらめな場所には現れません。月も、木星も、土星も、いつも決まった帯の上を通っていきます。惑星がみな、太陽のまわりをほぼ同じ平面の上で回っているからです。
彗星の中にも、この帯に沿ってやってくるものがいます。ところが、帯をまったく気にしない彗星もいます。北の空から下りてくるもの、南の空から昇ってくるもの。空のどこからでも現れます。
惑星がそろって平たく並んでいるのに、なぜ一部の彗星だけは、あらゆる方向からやってくるのでしょうか。
この疑問に答えるために考え出されたのが、オールトの雲です。ただし、この雲を実際に見た人は、まだひとりもいません。

オールトの雲とは|太陽系をまるごと包む、氷の天体の殻
オールトの雲とは、太陽系を球の殻のように包んでいると考えられている、氷の天体の集まりです。
場所は、惑星たちのはるか外側です。ここでは距離を測るのに天文単位を使います。天文単位とは、地球から太陽までの距離を1とする宇宙のものさしです。いちばん外側の惑星である海王星までが約30天文単位。その外に広がるカイパーベルトも、50天文単位あたりまでです。
オールトの雲は、そのずっと先にあります。NASAによれば、内側の縁は太陽から2,000〜5,000天文単位、外側の縁は1万〜10万天文単位のどこかにあるとされています。太陽から海王星までを1歩とすれば、内側の縁までで70〜170歩ほど。外側の縁までは、最大で3,000歩あまりになります。
そこに漂う天体の数は、数千億から数兆個と見積もられています。一つひとつは、彗星の本体と同じように、氷とチリでできた小さな塊だとみられています。

ベルトではなく、雲と呼ばれる理由

カイパーベルトの天体は、惑星とほぼ同じ平面の上を回っています。平たい帯の形なので、ベルトです。
オールトの雲の天体は違います。惑星の平面の上を回るもの、下を回るもの、斜めに傾いた軌道を回るもの。向きがばらばらです。そのため全体は帯にならず、太陽をすっぽり包む厚い泡のような形になります。これが、雲と呼ばれる理由です。

まだ誰も、直接は見ていない
ここで、はっきりさせておきたいことがあります。オールトの雲は、直接には見えていません。NASAも、オールトの雲を直接写した画像は持っていないと書いています。
理由は、遠さと暗さです。太陽の光は、遠くへ行くほど薄まります。数千天文単位の先にある氷の塊に当たって反射した光は、そこから地球へ戻ってくるまでに、さらに弱くなります。そのため、オールトの雲にある小さな天体を、現在の望遠鏡で一つずつ直接見つけるのは非常に困難です。
内側の縁の近くを回っているのかもしれない、と考えられている天体はいくつか見つかっています。けれども、雲の一員だと確かめられたものはまだありません。
では、見えないものが、なぜあると言えるのでしょうか。
見えないのに、なぜあるとわかるのか|彗星がやってくる方向
手がかりは、彗星です。
彗星は、太陽を1周する時間の長さでふたつに分けられます。境目は200年。これより長くかかるものを長周期彗星と呼びます。長周期彗星とは、太陽を1周するのに200年以上かかる、軌道の大きな彗星のことです。
周期の短い彗星には、はっきりした傾向があります。特に木星の影響を強く受ける彗星の多くは、惑星の軌道面に近い軌道を回っています。
ところが長周期彗星は、そうなっていません。軌道の向きはばらばらで、空のあらゆる方向からやってきます。冒頭で触れた、帯を気にしない彗星です。
1950年、オランダの天文学者ヤン・オールトは、この謎に答える考えを発表しました。オールトは長周期彗星の軌道を計算し、太陽系の内側に入ってくる前の姿へとさかのぼりました。すると、はじめて太陽に近づいてきたとみられる彗星の多くが、太陽から数万天文単位のかなたから落ちてきていたのです。
来る方向はばらばらで、出発点はそろって遠い。この2つを合わせると、太陽系を遠巻きにぐるりと包む、巨大な球状の貯蔵庫が浮かび上がります。

なぜ彗星は今もやってくるのか?|遠くに残された氷の天体
オールトの考えには、もうひとつの謎を解く力がありました。
彗星は、太陽に近づくたびに少しずつ身を削られます。たとえばハレー彗星ほどの大きさでも、1周するたびに表面から約1〜3mの物質を失うと見積もられています。何百回、何千回と太陽の近くを通れば、いずれ氷を失って活動しなくなります。
太陽系が生まれてから、およそ46億年がたちました。もし多くの彗星が太陽の近くを何度も回り続けていたのなら、とっくに活動を弱めていたはずです。それでも、新しい彗星は今もやってきます。
だとすれば、どこか遠くに、まだ太陽に温められていない氷の天体を大量にしまっておく場所があるはずです。そこから少しずつ補充されていると考えれば、46億年たっても彗星が尽きない理由に説明がつきます。
真っ暗な体育館で、ボールがどこから来るか
真っ暗な体育館の真ん中に立っている場面を想像してください。周りは何も見えません。そこへ、ボールが転がってきます。前から来たと思ったら、次は右から、その次は背後から。どの方向からも、ときどきボールがやってきます。
投げている人の姿は見えません。けれど、ボールが四方八方から来る以上、投げている人たちは自分をぐるりと囲んでいるはずです。もし全員が正面の壁ぎわに並んでいるなら、ボールは前からしか来ないでしょう。
オールトの雲の推理は、これと同じ形をしています。見えているのはボール、つまり彗星だけです。その来る方向から、見えない投げ手の並び方を割り出したわけです。
つまりオールトの雲は、写真で確かめられた場所ではありません。彗星の軌道から逆算された場所です。この考え方で長周期彗星のふるまいがよく説明できるため、多くの天文学者がその存在を受け入れています。
なぜ円盤ではなく球なのか|木星に投げ飛ばされ、銀河にかき混ぜられた
ここで、もうひとつの疑問が出てきます。惑星もカイパーベルトも平たく並んでいるのに、なぜオールトの雲だけが球の形なのでしょうか。
太陽系は、平たい円盤から生まれました。回転するガスとチリの雲が縮んで、中心に太陽が、まわりに平たい円盤ができたのです。惑星はその円盤の中で育ったので、今も同じ平面を回っています。カイパーベルトが平たいのも、円盤の外側の名残だからです。
オールトの雲の天体も、生まれた場所はこの円盤の中だったと考えられています。しかも今よりずっと内側で、木星や土星などの大きな惑星が育っていたあたりです。

木星にはじき飛ばされた氷のかけら
惑星ができあがっていく途中、そのまわりには、材料になりきれなかった氷の小天体がたくさん残っていました。
これらが大きな惑星のそばを通りかかると、強い重力に引っぱられて進路を大きく曲げられ、外へはじき飛ばされます。中でも木星の影響は特に大きかったと考えられています。
はじき飛ばされた天体の軌道は、太陽のそばと遠いかなたを行き来する、極端に細長い形になりました。勢いがつきすぎて、太陽系から出ていってしまったものもあったとみられます。
ただ、この段階ではまだ球になりません。細長い軌道のもう一方の端は、いまだに惑星の近くにあります。太陽のそばに戻ってくるたびに、また惑星に振り回される状態です。
遠くでだけ効く、外からの力
球状の分布を形づくるうえで重要だったのが、太陽系の外から働く重力でした。
重力は、離れるほど急激に弱くなります。距離が10倍になれば、力は100分の1です。何千天文単位も離れた場所では、太陽が天体を引きとめる力はとても弱くなります。
そうなると、ふだんは気にならないほど小さな力が効いてきます。
ひとつは、天の川銀河全体の重力です。太陽は数千億個の星といっしょに銀河の中を回っています。銀河の重力は、太陽と、遠く離れた氷の天体とを、わずかに違う強さと向きで引っぱります。もうひとつは、ときどき近くを通り過ぎていく、ほかの恒星の重力です。
どちらも小さな力ですが、長い時間をかけて軌道を少しずつねじっていきます。軌道の向きはあらゆる方向へ傾き、太陽にいちばん近づく地点は惑星のそばから遠ざかっていきました。こうして天体は、惑星の重力による影響を受けにくい遠い場所へ広がり、向きのそろわない球状の分布になったと考えられています。特に銀河の重力が生む潮汐力は、オールトの雲の天体の軌道を長い時間をかけて変化させる重要な要因と考えられています。
逆に、太陽に近い内側の部分では太陽の重力がまだ強く、外からの力でかき混ぜきれません。そのため内側は、もう少し平たい形をしているのではないか、という見方もあります。

いまも彗星を送り出すしくみ

雲を球にした力は、今も働き続けています。
銀河の重力や通りすがりの恒星は、オールトの雲の天体の軌道を、今も少しずつ変えています。そのうちのごく一部は、太陽にいちばん近づく地点が内側へずれて、惑星のあたりまで落ちてくるようになります。長い旅のすえに太陽のそばまで来ると、氷が温められて尾を伸ばしはじめます。これが、オールトの雲から来る長周期彗星です。
彗星は、雲を球にしたのと同じ力で送り出されています。雲の天体があらゆる向きに散らばっているので、落ちてくる彗星も、空のあらゆる方向からやってきます。冒頭の疑問の答えは、ここにありました。
旅の長さも桁違いです。オールトの雲から来る彗星は、太陽を1周するのに数百万年、長いものでは3千万年ほどかかるとNASAは説明しています。人類が記録を残してきたのは、長く見積もっても数千年ほどです。長周期彗星の多くは、私たちの記録の中では一度しか姿を見せません。NASAも、知られている長周期彗星のほとんどは、歴史上1度しか見られていないと書いています。
太陽のそばまで来た彗星が、途中で木星などの近くを通り、進路を曲げられることもあります。もっと短い周期の軌道に変わるものもあれば、太陽系の外へ放り出されるものもいます。太陽系が生まれたころに巨大惑星が天体の軌道を大きく変えたのと同じように、現在も惑星との重力相互作用によって、一部の彗星の軌道は変化し続けています。
そしてオールトの雲の天体は、太陽から遠く、ほとんど温められずに46億年を過ごしてきました。彗星の氷は、太陽系が生まれたころの物質を比較的よく保存していると考えられています。
太陽系の果てはどこか|ボイジャーもまだたどり着いていない
最後に、この雲の大きさを別の角度から確かめておきましょう。

Image Credit: NASA/JPL-Caltech
1977年に打ち上げられたボイジャー1号は、人類が送り出したもののうち、いちばん遠くまで進んでいる探査機です。2012年8月25日、太陽から約122天文単位のところで、太陽から吹き出す粒子の風が届く範囲の外へ出ました。このことから、ボイジャー1号は太陽系を出た、と言われることがあります。
けれど、オールトの雲まで含めて考えると、話は変わります。
ボイジャー1号は今、太陽から光の速さでほぼ1日の距離にいます。ここまで来るのに49年かかりました。一方、オールトの雲の内側の縁は、光の速さで10〜28日の距離にあるとNASAは説明しています。今の速さのまま進んでも、内側の縁にさしかかるのは早くても数百年後です。外側の縁を抜けるまでには、3万年ほどかかるかもしれない、とNASAは見積もっています。
外側の縁を10万天文単位とすれば、太陽の光でも、そこを越えるのに1年半ほどかかります。いちばん近い恒星までは、光で約4.2年。そのうちの3分の1を超える距離まで、太陽系が広がっていることになります。外側の縁は、太陽の重力だけでは天体を長くつなぎとめておくことが難しくなる領域だと考えられています。

果ては、物差しによって2つある
太陽系の果ては、何で測るかによって変わります。
- 太陽から吹く風で測れば、果ては約120天文単位。ボイジャー1号はそこを越えました。
- 太陽の重力が天体をつなぎとめている範囲で測れば、果てはオールトの雲の外側の縁。10万天文単位ほどの先です。
ボイジャー1号は、風の果ては越えましたが、重力の果てには遠く及びません。太陽系を出たという言い方と、まだ太陽系の中にいるという言い方は、矛盾していないのです。物差しが違うだけです。
なお、ボイジャー1号自身は、太陽の重力を振り切れる速さで進んでいます。オールトの雲の天体のように太陽に引きとめられているわけではなく、長い時間をかけて、いずれこの範囲も抜けていきます。
まとめ
- オールトの雲とは、太陽系を球の殻のように包んでいると考えられている、氷の天体の集まりです
- 内側の縁は2,000〜5,000天文単位、外側の縁は1万〜10万天文単位のどこかにあり、数千億から数兆個の天体があると見積もられています
- 雲の中の天体は、まだ直接見られていません。存在は、長周期彗星の軌道から逆算されたものです
- 長周期彗星が空のあらゆる方向から来ること、はるか遠くから落ちてくること、46億年たっても尽きないこと。この3つが、遠くを包む球状の貯蔵庫を示しています
- 雲の天体は、もともと惑星の近くで生まれ、主に木星の重力で外へはじき飛ばされたと考えられています
- 遠くでは太陽の重力が弱いため、銀河の重力や通りすがりの恒星が軌道をかき混ぜ、平たい円盤ではなく球になりました
- 同じ力が今も一部の天体を内側へ送り出していて、それが長周期彗星として空に現れます
- 太陽系の果ては、太陽風の影響範囲で測れば約120天文単位、重力で測ればオールトの雲の外側の縁です。ボイジャー1号は前者を越えましたが、後者まではまだ遠い道のりです
空のあらゆる方向から来る彗星の謎は、太陽系の形の話につながっていました。惑星が並ぶ平たい円盤の外側を、見えない氷の天体の殻がぐるりと包んでいます。その形を教えてくれたのは、望遠鏡の写真ではなく、彗星がやってくる方向でした。
次に明るい彗星がニュースになったら、その周期に注目してみてください。次に戻ってくるのが何万年も先、あるいは二度と戻らないと紹介されていたら、その彗星は太陽系のはるか外側から長い旅をしてきたのかもしれません。
そして、太陽を別にすれば、夜空に見えるどの星も、この殻よりさらに外側にあります。今夜目に入る星の光は、太陽系を包む、まだ誰も直接見たことのない氷の世界を横切って、ここまで届いているのです。
参考文献
- NASA Science|Oort Cloud
- NASA Science|Oort Cloud: Facts
- NASA Science|Comets: Facts
- NASA Science|Voyager Interstellar Mission
- NASA/JPL|PIA17046: Voyager 1 Has Entered Interstellar Space
- NASA/JPL|PIA20118: NEOWISE View of Comet Christensen
- 天文学辞典(日本天文学会)|オールトの雲