手に持ったボールを離せば、必ず下に落ちます。真上に投げても、いつかは落ちてきます。地球の上では、支えを失ったものが落下します。誰もが知っている、当たり前のことでしょう。
ところが夜空を見上げると、そこには落ちてこないものがあります。月です。
月は地球のまわりを、数十億年にわたって回り続けています。同じ地球の重力が届いているはずなのに、なぜ月だけは地球に落ちてこないのでしょうか。
月は落ちてこないのではありません。いまこの瞬間も、月は地球へ向かうように進路を曲げられ続けています。
それでも地面にぶつからない理由が、この記事のテーマです。仕組みがわかると、月も惑星も人工衛星も、すべて同じひとつの現象の別の姿として見えてきます。

重力とは何か ― 質量があるものは、すべて引き合っている
まず、力そのものを確認しておきましょう。重力とは、質量を持つものどうしが引き合う力のことです。
ここで大事なのは、この力に特別な条件が要らないという点です。地球が特別だから引っ張っているのではありません。質量があるものは、すべて例外なく引き合っています。
机の上のマグカップと本のあいだにも引力は働いていますし、あなたと隣に立っている人のあいだにも働いています。ただ、あまりに弱くて感じ取れないだけなのです。
この「すべてのものが引き合っている」という考え方を、万有引力と呼びます。17世紀にニュートンがたどり着いた発想でした。当時の常識では、地上でものが落ちる現象と、天体が空を回る現象は、まったく別の世界の出来事とされていました。
ニュートンはそれを、ひとつの力で説明できると考えたのです。
りんごを落とす力と、月の進路を地球へ向けて曲げている力は同じもの。天と地を同じ法則で結んだ、この考え方が近代物理学の大きな一歩になりました。
重力の強さは何で決まる?
万有引力の強さは、主に2つの要素で決まります。
ひとつは質量です。質量が大きいものほど、強く引き合います。地球が私たちを引く力に比べて、マグカップが私たちを引く力をほとんど感じないのは、単純に質量が桁違いだからです。
もうひとつは距離です。こちらの効き方が少し独特で、離れると重力は急激に弱くなります。距離が2倍になると、力は2分の1ではなく4分の1。3倍離れれば9分の1です。
逆に言えば、近づいたときの強まり方も急激だということ。太陽にいちばん近い水星では太陽の重力の影響が強く、遠く離れた海王星ではその影響が弱くなります。
太陽系という広い構造を、重力がまとめている理由もここにあります。

月は「落ちていない」のではなく、落ち続けている
月には地球の重力がしっかり届いています。距離はおよそ38万km。遠いことは遠いのですが、力がゼロになるほどの距離ではありません。
だとすれば、月の進路は地球へ向かって曲げられているはずです。
実際、そうなっています。月がその瞬間の進む向きに、そのまままっすぐ進んでいたとします。その場合、本来なら月は地球から遠ざかる方向へ進んでいきます。
ところが地球の重力が月を引っ張るため、その進路は少しずつ地球の方向へ曲がります。その曲がりは、1秒あたり約1.4mmほどです。ここで注意したいのは、この1.4mmが「月と地球の距離が1秒で1.4mm縮む」という意味ではないことです。月がまっすぐ進んでいた場合に比べて、地球の方向へ約1.4mmぶん軌道が曲がる、という意味です。
では、なぜ月は地球にぶつからないのでしょうか。秘密は、月が地球のまわりを進み続けていることにあります。
月は秒速およそ1kmという速さで地球のまわりを進んでいます。地球の重力によって進路を少しずつ曲げられながら、それでも前へ進み続けているのです。そして、地球は丸い形をしています。月が前へ進むあいだに、地球の表面もその先で少しずつ下へ湾曲していきます。月の軌道が地球の方向へ曲がる量と、地球の表面がその先で下がっていく量が対応するため、月は地面にぶつかりません。
落ちながら、地球を外し続ける。
これが軌道の正体です。軌道とは、落ちても落ちても地面に当たらない運動です。月は地球を避けているのではなく、落ちながら地球を外し続けているのです。

なぜ横向きの動きは止まらないのか
ここで疑問がひとつ残ります。
月はどうして、地球へ落ちていくだけではなく、前へ進み続けられるのでしょうか。月にエンジンはありません。必要ないのです。
ものは、じゃまが入らないかぎり、いま動いている状態をそのまま続けようとします。この性質を慣性といいます。地上でボールが転がって止まるのは、地面との摩擦や空気の抵抗がブレーキになるからです。宇宙空間には、そのような抵抗がほとんどありません。
だから月は、もともと持っていた運動を長い時間にわたって保つことができます。地球の重力が月の進路を曲げ、その一方で月は前へ進み続ける。この組み合わせによって、月は地球のまわりを回っています。
ニュートンの大砲 ― 落ちると回るは、同じことだった
言葉だけでは腹落ちしにくいので、ニュートン自身が考えた思考実験を借りましょう。
大気や地形を無視した、理想的な地球を想像してください。とてつもなく高い山の頂上に、大砲を1門すえます。砲身は水平。まっすぐ横に向けて撃つとどうなるでしょうか。
弱く撃った場合。砲弾は少し飛んで、山のふもとあたりに落ちます。ふつうの落下です。
もっと強く撃った場合。砲弾はさらに遠くまで飛び、地平線の向こうに落ちます。落ちる場所が遠のいただけで、起きていることは変わりません。
では、限界まで強く撃ったら。砲弾が横へ進むスピードが十分に速くなると、砲弾が落ちるあいだに、地球の表面も丸みに沿って下がっていきます。
砲弾は落ち続けているのに、地面には近づきません。やがて地球を一周し、最初に砲弾を撃った場所へ戻ってきます。
このとき砲弾に起きていることは、弱く撃ったときと何ひとつ変わっていません。ずっと落ちています。変えたのは、前へ進む速さだけ。それなのに、結果は「落下」から「周回」に変わりました。
つまり、「落ちる」と「回る」は、別々の現象ではないのです。同じ落下運動を、十分な速さで前へ進みながら続けると、地球を一周する軌道になります。人工衛星を打ち上げるロケットが、途中から進路を横方向へ傾けていくのも、この前へ進む速度を得るためです。
無重力は、重力がないという意味ではない
この視点を手に入れると、有名な誤解がひとつ解けます。国際宇宙ステーション、ISSの中で飛行士が浮かんでいる映像。あれを「宇宙には重力がないから」と説明されることがありますが、正確ではありません。
ISSが飛んでいるのは高度およそ400km。地球の半径がおよそ6,400kmですから、地球の中心からの距離は地上と比べてそれほど大きく変わりません。実際、ISSの位置での重力は、地上のおよそ9割もあります。重力は、ほとんど失われていないのです。
では、なぜ浮かぶのでしょうか。
ISSが秒速およそ7.7kmで地球のまわりを進みながら、同時に地球へ落ち続けているからです。ステーションも、飛行士も、飲みかけの水も、ほぼ同じように落下しています。全員が同じように落ちているとき、その中では上下の感覚が消えます。この、重力に任せて落ちている状態を自由落下といいます。
飛行士が体験しているのは、重力がない世界ではありません。落ち続けている乗り物の中にいる、という状態です。
ISSはおよそ90分で地球を一周します。とても速い速度でまわりながら落ちていると考えると、あの映像の見え方が変わってくるはずです。

同じ話が、そのまま太陽系のサイズに拡大する
ここまでは地球と月の話でした。ところが、まったく同じ理屈が、そのまま太陽系全体に当てはまります。
私たちが立っているこの地球も、太陽の重力によって太陽へ向かう方向へ曲げられ続けています。同時に、地球は太陽に対して秒速およそ30kmという猛烈な速さで進んでいます。太陽へ落ちる方向へ曲げられる運動と、前へ進む運動が組み合わさった結果、地球は太陽のまわりを公転しています。あなたはいま、秒速30kmほどで太陽のまわりを進みながら、この文章を読んでいることになります。
そして、太陽に近い惑星ほど、公転速度は速くなります。太陽に近いほど重力の影響が強く、より速い速度で太陽のまわりを運動することになるからです。水星が88日で太陽を一周する一方、はるか外側の海王星は約165年かかります。惑星ごとの「1年」の長さがこれほど違うのも、太陽からの距離と公転運動が深く関係しているからです。
夜空で惑星の位置が少しずつずれていくのも、突きつめれば同じ話です。速さの違う天体どうしが、それぞれの軌道を進んでいます。その結果として、地球から見える方向が、時間とともに変わっていきます。

その先にあるもの ― 重力は「引く力」ではないかもしれない
ここまで重力を「引っぱる力」として説明してきました。日常のスケールでは、この理解でまったく問題ありません。ロケットの軌道計算も、多くの場合、ニュートンの考え方で十分に扱えます。
ただ、20世紀に入ってアインシュタインが別の見方を示しました。重力を、物体どうしが単純に引き合う力としてではなく、質量やエネルギーによって空間と時間のあり方が変化している現象として捉えるのです。ゆがんだ地形の上をボールがまっすぐ転がると、外から見れば曲がって進むように見えるはずです。
月が地球を回るのも、こうした時空のゆがみの中を進んだ結果として説明できます。このゆがみが極端に深くなると、光でさえ抜け出せない場所ができあがります。ブラックホールです。そして重い天体が激しく動くと、時空のゆがみ自体が波になって宇宙を伝わっていきます。どちらの描像を使うにせよ、月や惑星が重力によって進路を曲げられながら運動している、ということは変わりません。
今夜、月が出ていたら見上げてみてください。あの月は、空に貼りついて止まっているのではありません。月はまっすぐ進もうとしながら、地球の重力によって少しずつ進路を曲げられています。その曲がりは、1秒あたり約1.4mm。同時に、月は秒速約1kmで地球のまわりを進んでいます。
落ちながら、地球を外し続ける。それが、月の「公転」です。
止まって見えるものは、止まっていない。夜空の月を眺めるとき、そのことを少しだけ思い出してみてください。。


参考文献
- NASA Space Place|What Is Gravity?
- NASA Science|Earth’s Moon: Facts
- NASA|International Space Station
- NASA Science|Our Solar System