冬の夜空でひときわ強く光るシリウスは、地球から約8.6光年離れています。図鑑でもプラネタリウムでも、星にはあたりまえのように距離が書き添えられています。
けれど、そこへ行った人はひとりもいません。人類がこれまでに送り出した探査機ですら、ようやく太陽系の外へ顔を出したところです。宇宙にメジャーを伸ばすことはできません。
では、あの「8.6光年」という数字は、いったいどこから出てきたのでしょうか。
出発点は、意外なほど身近なところにあります。あなたの右目と左目です。

星までの距離は、行って測ったわけではない
距離を知る方法は、大きく分けると2つです。ひとつは、実際にそこまでたどる方法です。歩幅を数える、メジャーを伸ばす、電波やレーザーを往復させて時間を計る、などが考えられます。月までの距離が約38万kmとわかっているのは、この方法によるものです。月面に置かれた反射鏡へレーザーを撃ち、戻ってくるまでの時間を測っています。
もうひとつは、実際にそこまでたどらずに、角度から計算する方法です。
恒星に対しては、前者がまったく使えません。シリウスへ信号を送って戻ってくるとしても、往復には約17年かかります。しかも、月のように測定に使える反射器が置かれているわけでもありません。恒星の距離をこの方法で測るのは現実的ではありません。残るのは後者だけです。
角度から距離を出す技術には、宇宙より先に地上での長い歴史があります。測量です。離れた2つの地点から同じ山を見て、それぞれの見上げる角度と、2地点のあいだの距離がわかれば、山までの距離は計算で出ます。山に登る必要はありません。この2地点のあいだの距離を、基線と呼びます。
問題は、宇宙を相手にしたとき、この「離れた2つの地点」をどうやって用意するかです。
片目ずつ見ると、指が動く|視差という考え方
人差し指を目の前に立てて、右目だけで見たあと、左目だけで見てみてください。指が、背景に対して左右にぴょんと飛びます。
つぎに、指を顔から遠ざけて、同じことをしてみましょう。飛ぶ幅が小さくなったはずです。腕をいっぱいに伸ばすと、ずれはかなり小さくなります。
この、見る位置を変えたときに生じる見かけの位置のずれが、視差です。
ここで大事なのは、ずれの大きさが、対象までの距離で決まるということ。近いものほど大きくずれ、遠いものほど、見かけのずれが小さくなります。
そして、この関係は逆からも読めます。ずれの大きさを測れば、そのものまでの距離がわかります。 私たちが両目で世界を立体的に感じ取れているのも、脳がこの計算を無意識にやっているからです。
ただ、人間の両目の間隔はせいぜい6cmほど。この基線では、数十メートル先のものになると、もうずれを感じ取れません。星までの距離を測るには、まったく足りないのです。
もっと大きく離れた「両目」が要ります。
地球の公転を「両目」にする|年周視差
天文学者が使う両目は、地球そのものです。
地球は1年かけて太陽のまわりを一周しています。ということは、半年待てば、地球は太陽をはさんで反対側へ移動しています。その移動距離は、公転の直径にあたる約3億kmです。
6cmの両目が、3億kmに広がります。
一年かけて、何度も測る
同じ星を、時期を変えて何度も撮影します。すると、その星だけが、はるか遠くの星々を背景にして、少しずつ位置を変えていくのがわかります。一年かけて小さな楕円を描き、元の場所へ戻ってくる動き。この年周期の成分が、距離を教えてくれます。
年周視差とは、地球の公転によって生まれる、星の見かけの位置のずれの角度です。
背景の星が動かない前提でよいのか、と思うかもしれません。ここで効いてくるのが、さきほどの「遠いものほどずれない」という性質です。はるかに遠い天体は、地球がどこにいてもほとんど位置を変えません。だからこそ、動かない目印として使えます。
ここで意外なことが起こります。年周視差によるずれは、地球と星の位置関係によって見え方が変わります。特に、星が太陽から90度ほど離れて見えるころには、地球の移動による位置の変化が大きく現れます。一方、太陽と反対側にある星が真夜中に南中するころには、視差によるずれは小さくなります。観測しやすい時期と、視差を測りやすい時期は、必ずしも同じではありません。
何度も測らなければならない理由は、もうひとつあります。星は視差とは別に、星自身がゆっくり位置を変えていく動きを持っています。この動きは一方向に積み上がり、視差は一年で往復します。2回の観測だけでは、この2つを確実に分離するのは難しいです。そこで何年もかけて観測を重ね、往復する成分だけを取り出します。
ひとつ注意があります。一年のあいだに見えるずれの幅は、年周視差の角度そのものではなく、その2倍にあたります。基線に取るのは公転の直径ではなく、太陽と地球のあいだの距離、つまり1天文単位だと決められているからです。

視差が小さいほど、その星は遠い
星の距離が2倍になれば、視差は半分になります。10倍遠ければ、視差は10分の1です。
この素直な反比例が、年周視差という方法の強みです。年周視差の大きな強みは、星の明るさや色、種類などを「ものさし」として仮定せず、位置の変化という幾何学的な情報から距離を求められることです。仮定を置かずに距離を得られる方法は、天文学ではむしろ例外的なのです。
パーセク|視差から生まれた距離の単位
星の距離を表す単位といえば、光が1年かかって進む距離、つまり光年がよく知られています。
いっぽう、天文学の論文でよく使われる単位は、パーセクです。これは、いま説明した測り方そのものから作られた単位です。
パーセクとは、年周視差がちょうど1秒角になる距離のことです。
1秒角は、1度の3600分の1という、ごく小さな角度です。どれくらい小さいかというと、およそ4km先に置いた1円玉が、目に見える大きさとして張る角度になります。
そんな角度で見える距離は、当然ながら遠く離れています。1パーセクは約3.26光年、キロメートルに直すと約31兆kmです。
名前の由来もそのままで、視差を意味するparallaxと、秒角を意味するsecondをつなげてparsecとなりました。
この単位を使うと、換算がとても楽になります。
- 視差が1秒角の星は、1パーセク
- 視差が0.1秒角の星は、10パーセク
- 視差が0.01秒角の星は、100パーセク
視差の値が10分の1になるたびに、距離は10倍。観測で得た角度を、そのまま距離として読めるわけです。距離の単位のなかに、測るときの手つきがそのまま埋め込まれています。パーセクという単位の面白さは、そこにあります。

年周視差で測れるのは、どこまでか

ここまで読むと、簡単な話に思えるかもしれません。ところが実際には、この角度はとてつもなく小さいのです。
太陽にいちばん近い恒星であるプロキシマ・ケンタウリは、約4.2光年の距離にあります。その年周視差は、約0.77秒角です。
つまり、全天のどの星も、年周視差は1秒角に届きません。 4km先の1円玉より小さなずれを、すべての星について測ることになります。
この小ささは、歴史のうえでも大きな意味を持ちました。地球が太陽のまわりを回っているのなら、星の見え方は季節でずれるはずで、ずれが観測できない以上、地球は動いていないという理屈が、かつて地動説への反論として持ち出されたことがあります。実際にはずれていたのですが、角度が小さすぎて、誰にも捉えられなかったのです。実際に年周視差の測定が成功したのは1838年、はくちょう座61番星に対してでした。
大気のゆらぎを越えて、宇宙へ
星がまたたいて見えるのは、地球の大気がゆらいでいるからです。このゆらぎのせいで、望遠鏡で捉えた星の像は、1秒角の数分の1ほどの幅ににじみます。測りたい角度と、にじみの大きさが同じ桁なのです。
にじんだ像でも、その中心の位置は、にじみの幅よりずっと細かく決められます。それでも地上からの視差測定は、地球大気の影響を受けるため、宇宙からの観測ほど高い精度を安定して得ることができませんでした。
そのため、より遠い星の視差を高精度で測るには、観測装置そのものを大気の外へ持ち出す必要がありました。
ヒッパルコスは1989年に打ち上げられ、1993年に運用を終えた位置観測専用の衛星です。約11万8千個の星について、1000分の1秒角の精度で位置と視差を測りました。
続くガイアは2013年に打ち上げられ、2025年1月15日に観測を終えています。測った天体は約20億。明るい星では、数十マイクロ秒角という非常に小さな角度まで測れる精度に達しました。これは、月面に置いた1円玉の直径を見分けるくらいの細かさです。4km先の1円玉から、月面の1円玉へ。この100年ほどで、人類が測れる角度はそこまで小さくなりました。
その結果、明るく、観測条件のよい恒星なら、数千光年を超える距離でも年周視差から距離を求められるようになりました。
それでも、届かない星は残ります。夏の大三角の一角をなすデネブは、明るい星でありながら距離の推定が難しく、資料によって1400~2600光年ほどの幅があります。

その先は、別の物差しへ|宇宙の距離はしご
年周視差が届かないほど遠い天体、たとえば他の銀河までの距離は、どうやって測るのでしょうか。
ここで発想が切り替わります。手がかりに使うのは、角度ではなく明るさです。
同じ電球でも、遠くにあれば暗く見えます。裏を返せば、本当の明るさがわかっている天体を見つけられれば、その見かけの暗さから距離を逆算できることになります。
問題は、その「本当の明るさ」をどうやって知るかです。答えは、近くにある同じ種類の天体を、年周視差で測っておくこと。
たとえばセファイド変光星は、明るさが周期的に変わり、しかもその変わる周期と本当の明るさが結びついている星です。近くのセファイドの距離を年周視差で確かめておけば、周期から明るさを読む目盛りが作れます。あとは同じ目盛りを、遠くの銀河のなかのセファイドに当てはめればよいのです。さらに遠くには超新星を使う方法があり、その先には銀河が遠ざかる速さから距離を出す方法があります。
距離はしごとは、近い天体で目盛りを合わせた物差しを、より遠い物差しへ順に引き継いでいくやり方です。
年周視差は、このはしごの一段目にあたります。そして一段目がずれれば、その上の段はすべてずれます。遠方銀河までの距離や宇宙の膨張を調べるときにも、近くの恒星で確立した距離のものさしが重要になります。
実際、ガイアが視差の精度を大きく上げたことで、その上の段の目盛りも見直されてきました。はしごの一段目を磨くことは、宇宙の果てまでの距離を磨くことでもあります。

まとめ
- 星までの距離は、たどって測るのではなく、角度から計算して求めます
- 見る位置を変えると、近いものほど大きく位置がずれます。これが視差です
- 地球の公転によって、星の見かけの位置が一年周期でずれます。この角度が年周視差です
- ずれが最大になるのは、その星が真夜中に高く上がる時期ではなく、太陽と90度離れて見えるころです
- 年周視差がちょうど1秒角になる距離を1パーセクと呼び、約3.26光年にあたります
- 視差が小さいほど星は遠く、その関係は素直な反比例です
- 最も近い恒星でも視差は1秒角に届かず、地上からの観測では大気の影響が大きく、遠い星の視差を高精度で測ることは困難でした
- 大気の外へ出たヒッパルコスとガイアが、測れる範囲を銀河系規模まで広げました
- 視差が届かない先は、明るさを目印にする方法へ引き継がれます。これが距離はしごで、年周視差はその一段目です
年周視差の優れた点は、星の種類や本当の明るさをものさしにせず、位置の変化という幾何学的な情報から距離を求められることです。星がどんな種類でも、どんな明るさでも関係なく、角度だけで距離が決まります。だからこそ、この方法は宇宙の距離を測る体系の土台に置かれています。
今夜、星に添えられた「◯光年」という数字を思い出してみてください。その数字は、誰かが何年もかけて同じ星を測り続け、髪の毛ほどのずれが一年で往復するのを確かめたところから始まっています。夜空は平らな模様ではありません。手前と奥がある。そう思って見上げると、星の並びに厚みが生まれてきます。
参考文献
- ESA|Hipparcos overview
- ESA|Gaia spacecraft end of observations
- ESA|Gaia science performance
- NASA Science|Stellar Parallax
- SIMBAD|Proxima Centauri