夜空に浮かぶ土星を望遠鏡でのぞくとき、目を奪うのはやはり環です。けれど視点を本体の北極へ移すと、そこには定規で引いたような直線が6本、閉じた六角形として刻まれています。
ガス惑星の大気に、なぜ幾何学模様が現れるのでしょうか。誰かが描いたわけでも、偶然でもありません。自転する流体に働く物理が、そのまま形になったものです。

土星の北極の六角形とは?|差し渡し3万kmのジェット気流
六角形の正体は、北極を取り巻くジェット気流です。模様が描かれているのではありません。風の通り道そのものが、六角形をしています。
1980年代、探査機ボイジャーがこの構造を初めて捉えました。その後、13年にわたって土星を回った探査機カッシーニが、形が保たれ続けるようすを詳しく観測しています。
規模を数字で押さえておきましょう。差し渡しは約3万キロメートル。地球が2つ並ぶ大きさです。北緯78度付近を、閉じた六角形が取り巻いています。
風の速さについては、公表されている値に幅があります。NASAの2013年の発表では時速約322キロメートル(秒速約90メートル)、現行のミッションページでは時速約500キロメートルとされています。どちらを取っても、地球の台風をはるかに超える風です。風速は、どの部分の流れを測るかによって値に幅があります。
そして何より重要なのは、この風が何十年も同じ形を保っている点でしょう。ボイジャーが見た六角形と、その後カッシーニが観測した六角形は、同じ緯度付近に、驚くほど似た形で長く存在し続けていました。


なぜジェット気流は波打つのか?|自転が生む復元力
まっすぐ流れていればよさそうなジェット気流が、なぜ波打つのでしょうか。
自転する球体の上では、緯度からずれた大気を元へ押し戻す力が働きます。この力が生む惑星規模の波が、ロスビー波です。
ロスビー波とは
自転する球体の上を流れる大気や海に生じる、惑星サイズの大きな波。押し戻す力は重力でも圧力でもなく、自転の効果が緯度によって変わることから生まれる。惑星波とも呼ばれる。
しくみの核心は、渦度の保存にあります。大気の塊は、自転による回転を含めた全体の回転の状態を保とうとします。塊が極側へずれると、その場所の自転由来の回転が大きくなるため、塊自身の回転はその分を打ち消す向きに変わります。この変化が、塊を元の緯度へ戻す向きに働くのです。
戻された塊は、元の位置でぴたりと止まりません。行き過ぎて反対側へ振れ、また戻されます。振り子と同じ往復が、隣へ隣へと伝わって波になります。
この復元力がどこから来るのか、そして波がなぜ西へ進むのかは、別の記事にまとめました。ここでは、土星の極でその波がどう形になるかに絞ります。
なぜ波の数は6なのか?|ジェット気流の幅が決める
ここが最大の疑問です。流れが波打つのはわかるとして、なぜ角が6つなのでしょうか。
「6が最も安定するから」では答えになりません。それは問いを言い換えただけです。何が6を選んでいるのかを見る必要があります。
鍵は、ジェット気流の幅にあります。極を回るこの気流は細く、両側の大気との速度差が大きい流れです。速度差の大きい流れは、まっすぐ進み続けることができません。わずかな曲がりが自分自身を育て、蛇行が成長していきます。
順圧不安定とは
隣り合う流れの速度差が大きいとき、流れのわずかな曲がりが自分で成長していく現象。速度差から取り出されたエネルギーが、波を育てる側に回る。
このとき、どんな波も同じように育つわけではありません。最も速く成長する波の数は、流れの幅や速度分布などによって決まります。土星北極のジェット気流については、観測された条件を使ったモデルで、波数6が最も成長しやすくなる領域が見つかっています。つまり「6だから六角形になる」のではありません。土星の流れの条件の中で、6回うねる波が選ばれやすかったと考えられているのです。
回転する水槽に流れを作る実験でも、多角形の模様が現れます。条件を変えると角の数が変わることも確かめられていて、6という数が土星だけの魔法ではないことを示しています。
こうしてできた波は、ほとんど動かずに見えます。ロスビー波には流れに対して西向きに進もうとする性質がありますが、六角形を運ぶジェット気流は東向きです。両者の速さがほぼ釣り合えば、惑星全体を基準に見た模様の移動は非常に遅くなります。
定常波とは
波が進もうとする速さと、流れによって運ばれる速さが釣り合い、全体を基準にすると模様がほぼ同じ場所にとどまって見える波。
何十年も形が崩れないのは、六角形が固まっているからではありません。進む速さと運ばれる速さが、釣り合い続けているからなのです。
六角形はどこまで続いているのか?|雲の上へ伸びる構造
六角形は、雲の表面に浮かんだ薄い模様ではありません。
2018年、カッシーニの観測データを解析した研究チームが、雲頂から数百キロメートル上の成層圏にも、六角形の縁を持つ暖かい渦があることを報告しました。下の雲の六角形と、上の成層圏の六角形は、角の位置がそろっています。つまり六角形の構造は、雲の表面だけに閉じたものではなく、高さ方向にも対応する構造を持っていると考えられます。
下方向についても手がかりがあります。カッシーニが最後に土星へ接近したときの重力場の測定から、土星の帯状流は雲の層から約8,800キロメートルの深さまで達していると見積もられました。これは六角形だけを測った値ではなく帯状流全体の話ですが、土星の風が表面だけの現象ではないことを支えています。
大気をかき混ぜるエネルギーの出どころも、地球とは違います。地球の気象は主に太陽の熱で動きますが、太陽から遠い土星では、内部から湧き上がる熱が大きな役割を果たします。土星は、太陽から受け取る以上のエネルギーを内部から放出している惑星です。
成因はまだ一つに決まっていない|順圧不安定と深部対流
ここまで順圧不安定による説明を追ってきました。ただし、これが唯一の答えとして確定しているわけではありません。
現在、有力な説明は大きく2つの方向に分かれています。1つは、ここまで見てきた説明です。比較的浅いところを流れるジェット気流が自ら不安定になり、波数6を選ぶという道すじになります。もう1つは2020年に発表されたもので、土星の深部で起きている対流が、その上に六角形を作り出しているという説明です。
2つの説に共通しているのは、六角形が波数6の定常的な波であるという点です。分かれているのは、その波を何が駆動し、どこまでの深さが関わっているのかという点になります。
わかっていることと、まだ決着していないことを分けて置いておく。それが、いまこの現象について言える正確な姿です。
地球の空との違い|摩擦が形を崩す
同じ物理は、私たちの頭上でも働いています。
地球の北極上空にも極渦があり、その周りを偏西風が流れています。冬になるとこの流れが大きく蛇行し、南へ張り出したところに寒気が降りてきます。日本に寒波が来る日の天気図に現れる、あの蛇行です。
違うのは、形の整い方でしょう。地球には海があり、ヒマラヤやロッキーのような山脈があります。流れは下から絶えず乱され、蛇行は毎年違う形にゆがみます。
土星には地球のような固い地面や山脈がありません。海と陸の温まり方の違いもありません。そのため地球の大気とは異なる条件のもとで、大規模な流れが長く保たれやすいと考えられています。土星の六角形が定規で引いたように見えるのは、邪魔をするものが少ないからなのです。
まとめ|六角形は偶然ではない
整理します。
- 六角形の正体は、北極を取り巻くジェット気流そのもの
- 自転する球体では、緯度からずれた大気を戻す力が働き、流れが波打つ
- 波の数は、ジェット気流の幅と速度差が決める。土星の条件では、それが6になる
- 波が西へ進む速さと、気流が東へ運ぶ速さが釣り合うため、模様は動かずに見える
- 波を駆動しているのが浅い流れなのか深部の対流なのかは、まだ決着していない
だから土星の六角形は、宇宙の気まぐれでも、未知の力でもありません。自転する流体という条件が与えられたとき、幅と速さの数字が「6」という答えを選んだ結果です。
今夜、望遠鏡で土星を見ても、北極の六角形までは見えません。環と、せいぜい淡い縞が見えるだけです。それでもあの光の向こうでは、地球の空を曲げているのと同じ力が、3万キロメートルの風を6本の直線に整え続けています。

参考文献
- NASA|Saturn’s Hexagon in Motion
- JPL|NASA’s Cassini Spacecraft Obtains Best Views of Saturn Hexagon (2013)
- NASA|Saturn’s Famous Hexagon May Tower Above the Clouds(Fletcher et al. 2018, Nature Communications)
- Rostami et al. (2017)|On the dynamical nature of Saturn’s North Polar hexagon, Icarus
- Yadav & Bloxham (2020)|Deep rotating convection generates the polar hexagon on Saturn, PNAS
- Galanti et al. (2019)|Saturn’s Deep Atmospheric Flows Revealed by the Cassini Grand Finale Gravity Measurements, GRL