夕方の西の空や、明け方の東の空でひときわ明るく輝く「一番星」。金星です。
今の金星は、地表温度460℃、気圧92気圧という灼熱の世界です。とても水が液体でいられる環境ではありません。ところが天文学では長いあいだ、「昔の金星には海があったかもしれない」と言われてきました。最近では、その説に疑問を投げかける新しい研究も出てきています。
一番星の輝きの下に、かつて海はあったのか。その手がかりを追いかけてみましょう。

「海があった」とされる根拠|重水素が示す「昔の海」の証拠
金星に海があった証拠として使われてきたのが、大気に含まれる「重水素」という手がかりです。
水を作る水素には、軽い普通の水素と、その約2倍の重さを持つ「重水素」という仲間がいます。金星のように太陽に近く暑い星では、軽い水素は上空でどんどん宇宙へ逃げていきますが、重い重水素は逃げにくく、その場に残りやすい性質があります。
探査機の観測によると、金星の大気に残る重水素の割合は、地球の海水と比べて約120倍も高いことがわかっています。軽い風船だけが空へ飛び去り、重いおもり付きの風船だけが残ったような状態です。「大量の水がなければ、これほど重水素だけが濃縮されるはずがない」——これが、かつて金星に大量の水、つまり海があったと考えられてきた理由です。


「海はなかった」とする新しい研究
一方で、2024年12月に英ケンブリッジ大学の研究チームがNature Astronomy誌に発表した研究は、これとは異なる結論を示しました。
この研究は、金星の火山ガスに含まれる成分の組み合わせから、金星内部(マントル)が現在どれくらい水を含んでいるかを推定したものです。その結果、金星の内部は今もかなり乾いた状態にあり、地表に海を作れるほどの水を、そもそも十分に持っていなかった可能性が高いという結論が導かれました。仮にこの推定が正しければ、金星は誕生以来、海が形成されないほど乾燥した星だった可能性があります。
重水素の証拠は「かつて大量の水があった」ことを示す一方、マントルの化学組成は「そもそも水が足りなかった」ことを示す。今のところ、この二つの手がかりは矛盾したまま、決着がついていません。

まだ結論が出ていない、という結論
金星に海があったのかどうかは、今も研究者の間で意見が分かれている、現在進行形の謎です。
この謎に迫るため、ヨーロッパの探査機「EnVision」やNASAの「DAVINCI」が、2030年代に金星の大気や地表を詳しく調べる計画を進めています。地下に眠る岩石の記録や、雲の下に隠された地形が明らかになれば、金星が本当に「もうひとつの地球」だった時代を持っていたのか、答えに近づけるかもしれません。
今夜、西や東の空に輝く金星を見つけたら、思い出してください。あの光の下にあるのは、まだ人類が答えを出せていない、太陽系最大級の謎のひとつなのです。

参考文献
- NASA|Venus
- Researchers deal a blow to theory that Venus once had liquid water on its surface|University of Cambridge
- ESA|Envision