夜空を見上げたとき、星の光は私たちの目に「今」届いているように感じられます。部屋のスイッチを入れれば一瞬で明るくなりますから、日常の感覚では、光は無限の速さを持っているように思えるでしょう。
しかし物理学では、光の速さ(光速)は有限です。真空中の光速は秒速約30万km。正確には秒速299,792.458kmという値が決まっています。
では、この途方もない速さを、人類はどうやって測ったのでしょうか。手がかりになるのは「速度 = 距離 ÷ 時間」という単純な関係だけです。ただし光があまりに速いため、途方もなく長い距離を用意するか、極めて短い時間を刻むか、どちらかを実現する必要がありました。この記事では、人類がその二つの道をどうたどったのかを追いかけます。
光の速さはどれくらい?|秒速約30万kmを身近な距離ではかる
秒速30万kmと言われても、実感は湧きにくいものです。身近な距離に置き換えてみましょう。
- 地球一周は約4万km。光は1秒で7周半します
- 月までは約38万4千km。光なら約1.3秒の距離です
- 太陽までは約1億4,960万km。光で約8分20秒かかります
つまり、いま見えている太陽は8分20秒前の姿です。そして、この速さで1年間進み続けた距離が1光年で、約9.46兆kmになります。
一方、日常の距離ではどうでしょうか。部屋の端から端までを5mとすると、光が渡る時間は1億分の1秒にも届きません。人が何かを見て反応するまでの時間はおよそ0.2秒ですから、その1千万分の1ほどの世界です。スイッチを入れた瞬間に部屋が明るくなるように感じるのは、当然でした。
なお、ここまでの数値はすべて真空中の光速です。水やガラスの中では、光はこれより遅くなります。
光速の測定史とは、この感じ取れないものをどう突破するかの歴史でした。距離を伸ばすか、時間を細かく刻むか。人類が使った手は、結局このどちらかです。
ガリレオの挑戦|地上では距離が足りなかった
光の速さを科学の問題として扱った最初の人物は、17世紀の物理学者ガリレオ・ガリレイでした。彼は1638年の著作の中で、確かめる手順を具体的に書いています。二人が覆いをかけたランタンを持って離れて立ち、一方が覆いを外します。その光を見た相手は、すぐ自分の覆いを外します。往復にかかる時間が測れれば、光速が求まります。

ガリレオ自身は、1マイル(約1.6km)に満たない距離で試したと記しています。結果は、遅れがまったく感じ取れないというものでした。
無理もありません。1.6kmを光が往復する時間は、約10万分の1秒です。ところが人間が光を見て手を動かすまでには0.2秒前後かかります。測りたい時間は、測る側の遅れの2万分の1しかありませんでした。
それでもガリレオは、光が瞬間的に伝わるのでないとしても、きわめて速いという結論を引き出しています。少なくとも音の10倍以上は速い、とも述べました。速度の値は得られませんでしたが、この失敗は問題の形をはっきりさせます。人の反応より短い時間を、人の手で測ることはできません。距離か時間か、どちらかの桁を人間の感覚から引き離すしかなかったのです。
レーマーのイオ食観測|天体の距離を定規にする
地上の距離で足りないのなら、宇宙の距離を使えばよいはずです。そう考えたのが、17世紀後半にパリ天文台で働いていたデンマークの天文学者オーレ・レーマーです。
彼が観測していたのは、木星をまわる4つの大きな衛星のひとつ、イオでした。イオは約42.5時間で木星を一周し、そのたびに木星の影へ入ります。食と呼ばれるこの現象は、時計のように繰り返し起こります。
ところがレーマーは、食の時刻が予報とずれることに気づきました。地球が木星へ近づいていく時期には予報より早く起こり、遠ざかる時期には遅れます。
原因は、地球と木星の距離の変化でした。距離が伸びた分だけ、光が届くのに余分な時間がかかります。レーマーは1676年、この遅れから、光が地球の軌道の直径を渡るには約22分かかると見積もりました。
ここで注意したい点があります。レーマー自身は、秒速の値を計算していません。彼が示したのは時間でした。よく引用される秒速約22万kmという数字は、この22分と当時知られていた地球軌道の大きさをもとに、クリスティアーン・ホイヘンスが計算したものです。
現在の値で計算すると、光が地球の軌道の直径(約3億km)を渡る時間は約16分40秒になります。レーマーの22分は4割ほど長く、そこから出た速度も現在の値の7割ほどにとどまりました。それでも、光速が有限であることを天体の観測から初めて示した仕事です。ただし当時すぐに受け入れられたわけではありません。広く認められたのは、次に登場するブラッドレーの観測以降でした。

ブラッドレーの光行差|地球の運動から逆算する
18世紀、イギリスの天文学者ジェームズ・ブラッドレーが、まったく別の入り口から光速にたどり着きます。もっとも、彼がもともと狙っていたのは光速ではありません。地球が動いている証拠となる年周視差の検出でした。
雨の日に傘をさして走ると、雨粒は真上からではなく、斜め前方から降ってくるように感じます。落ちてくる雨の速度に、自分の走る速度が足し合わされるからです。向きと大きさを持つ量の足し算を、ベクトル合成と呼びます。

同じことが、星の光と地球のあいだでも起きています。地球は秒速約30kmで太陽のまわりを公転しています。そのため星の見かけの位置は、わずかに地球の進行方向へずれます。これが光行差です。
ブラッドレーは1725年から、りゅう座γ星の位置を精密に追い続けました。見つかったのは、1年周期で星の見かけの位置が約20.5秒角ずれる現象でした。しかもずれの向きが、年周視差から予想される向きと合いません。彼は1728年、これを地球の運動と光の速さの比として説明しました。
ずれの角度は、地球の速度と光の速度の比で決まります。その比は約1万分の1でした。ここから、太陽の光が地球に届くまでに8分12秒かかるという値が得られます。現在わかっている地球軌道の大きさで換算すると、秒速約30.1万kmです。今日の値との差は1%ほどしかありません。
この方法は、木星も衛星も使いません。地球そのものの運動を定規に変えたところが、ブラッドレーの新しさでした。
フィゾーの歯車実験|地上で極小の時間を切り出す
天文学の助けを借りず、ついに地上で光速を測り切ったのが、19世紀フランスの物理学者アルマン・フィゾーです。1849年の実験でした。
彼が用意したのは、高速で回転する歯車です。光源から出た光を歯の隙間に通し、8,633m離れた鏡で反射させて戻します。パリ郊外シュレンヌの自宅と、モンマルトルの丘のあいだの距離でした。往復は約17km、光の所要時間にすると約1万7千分の1秒です。
歯車がゆっくり回っているあいだ、光は行きに通った隙間をそのまま戻ってきます。回転を上げていくと、ある速さで、戻ってきた光がちょうど次の歯に当たり、観測者から見えなくなります。さらに上げれば、今度は次の隙間を通り抜けて再び見えるようになります。
歯は720枚ありました。光が消えたのは毎秒12.6回転のとき、再び見えたのは毎秒25.2回転のときです。回転数と歯の数がわかれば、歯が半分ずれるのに要した時間を計算できます。それがそのまま、光の往復時間になります。
こうしてフィゾーが得た値は、秒速約31万kmでした。現在の値より4〜5%大きい数字です。人の反応では決して捉えられない1万分の1秒台の時間を、回転する機械で切り出したこと。そこがこの実験の眼目でした。
光速を「測る」から「決める」へ|現代のレーザー測定
フィゾーのあとも、より精密な装置による測定が続きます。そして20世紀後半、精度を一段変える技術が登場しました。レーザーです。
光は、電波やX線と同じ電磁波の一種です。そして波の進む速さは、波長と周波数の掛け算で決まります。波長とは波1つ分の長さ、周波数とは1秒間に波が繰り返す回数のことです。1972年、アメリカ標準局のグループは、メタンで安定化させたレーザーの波長と周波数をそれぞれ独立に測り、掛け合わせました。得られた値は秒速299,792,456.2m、誤差は±1.1mです。それまでの精度を100倍改善した測定でした。
ところが、ここで壁にぶつかります。当時の1メートルは、クリプトン86という原子が出す橙色の光の波長によって定義されていました。1960年に定められた基準です。しかし、その光のスペクトル線にはわずかな形の非対称があり、基準そのものの不確かさが、光速の測定誤差より大きくなってしまいました。長さの物差しのほうが、測りたい量より粗くなっていたのです。
そこで1975年、国際度量衡総会は秒速299,792,458mを推奨値として採用します。さらに1983年、発想そのものが反転しました。光の速さを測るのをやめ、真空中の光速は秒速299,792,458mであると定義してしまったのです。同時にメートルの定義も書き換えられました。1メートルとは、光が真空中で2億9,979万2,458分の1秒のあいだに進む距離である、と。
このときから、光速は「測って決める値」ではなくなりました。
光速を秒速299,792,458mと正確に定め、その値をもとに1メートルを決める方式に変わったからです。
もちろん、実際の測定にはわずかな不確かさがあります。ただし、それは「光速の値」にある誤差ではありません。光速そのものは、定義された正確な値だからです。
1983年にメートルの定義が大きく変わり、現在につながる仕組みが始まりました。
理解のまとめ
光速の測定史とは、「速度 = 距離 ÷ 時間」という一本の式を成立させるための、工夫の積み重ねでした。
| 誰が | いつ | 何を定規にしたか | 得られた値 |
|---|---|---|---|
| ガリレオ | 1638年に記述 | 1.6kmに満たない地上の距離 | 測定できず(音の10倍以上は速い) |
| レーマー | 1676年 | 地球の軌道の直径(渡るのに約22分) | 秒速約22万km(ホイヘンスの計算) |
| ブラッドレー | 1728年 | 地球の公転速度と光行差20.5秒角 | 秒速約30.1万km |
| フィゾー | 1849年 | 歯車720枚と往復17kmの距離 | 秒速約31万km |
| レーザー測定 | 1972年 | 波長 × 周波数 | 秒速299,792,456.2m(±1.1m) |
| 定義値 | 1983年〜 | ― | 秒速299,792,458m |
こうして並べると、道具は違っても、やっていることは同じだとわかります。光が速すぎて時間を測れないなら、距離のほうを天文学的な大きさまで引き伸ばす。距離を伸ばせないなら、回転や波の振動を使って、時間のほうを細かく刻む。距離と時間、どちらかの桁を人間の感覚から引き離す作業でした。
そして到達点は、少し意外な形をしています。精度を上げ続けた結果、光速は測られる量ではなくなりました。いまは光速のほうが基準であり、1メートルという長さがそこから決まります。350年かけて測ろうとしたものが、最後には物差しそのものになったのです。
今夜見上げる星の光も、この物差しで測られた距離の向こうから届いています。何十年、何百年も前に放たれた光が、いまあなたの目に入っているはずです。その年数を数字で言えるのは、光の速さを測り切った人たちがいるからです。

参考文献
- 東北大学|「レーザーによる光速測定」
- BIPM|SI base unit: metre
- Evenson et al. (1972)|Speed of Light from Direct Frequency and Wavelength Measurements of the Methane-Stabilized Laser, Phys. Rev. Lett. 29, 1346
- NIST|NIST’s Role in Laser Measurements and Applications: 1970s
- Observatoire de Paris|340 years ago, Rømer showed that light has a finite speed
- APS News|Fizeau Speed of Light Experiment
- 天文学辞典(日本天文学会)|光行差
- 天文学辞典(日本天文学会)|光速度