夜空でひときわ明るく光る星、シリウス。地球からの距離は、およそ8.6光年です。光の速さで進んでも8年半かかります。
人類が探査機を着陸させ、地表の試料を持ち帰ったことがあるのは、これまでのところ太陽系内の天体に限られます。ほかの恒星に触れた人はいませんし、そのかけらを持ち帰った人もいません。
それなのに、天文学の資料を開けば、シリウスについてこう書かれています。表面温度はおよそ9700K。主な成分は水素とヘリウム。太陽よりずっと高温で、青白い。
一度も行っていない場所のことを、なぜここまで言えるのでしょうか。この記事では、天文学者が星から何を受け取り、そこから何を読み、そして何は読めないのかを見ていきます。仕組みがわかると、夜空が「見えているもの」ではなく「届いているもの」として見えてきます。
天文学者が手にしているのは「光」だけ
多くの科学は、調べたい相手を手元に持ってくることから始まります。試料を採ってきて、切って、熱して、分析します。条件を変えて何度も試し、変化を比べます。実験室の強みは、この「こちらから働きかけられる」点にあります。
天文学には、それができません。
恒星を持ち帰ることはできません。温度を変えてみることもできませんし、同じ星をもう一度作り直して比べることもできません。星の側から一方的に送られてくるものを、ただ受け取るだけです。
そして、恒星を詳しく調べるとき、私たちが主に受け取っているのが光(電磁波)です。
だから天文台の望遠鏡は、あれほど大きく作られています。大きさが効くのは、まず集められる光の量です。レンズや鏡の直径が2倍になれば、受け止められる光の量はおよそ4倍になります。何百年、何千年もかけて宇宙を渡ってきた、わずかな光。それを一滴でも多く受け止めるための器が、あの巨大な構造なのです。
つまり天文学とは、「届いた光だけを手がかりに、行けない場所のことを言い当てる」学問だといえます。ではその光から、どうやって温度や成分を取り出すのでしょうか。
光を「分ける」と、情報が出てくる
ここが出発点になります。光は、そのまま眺めていてもあまり情報を渡してくれません。星を肉眼で見ても、明るい点にしか見えないのがその証拠です。
情報は、光を分けると出てきます。
私たちが目にしている白っぽい光は、実はさまざまな波長の光が混ざったものです。この混ざった光を波長の順に並べ直したものを、スペクトルと呼びます。雨上がりの虹は、太陽の光が水滴によって並べ直された、身近なスペクトルです。
混ざったままでは、ただの白い光。並べ直すと、そこに模様が現れます。この違いが決定的です。
スープの味を舌だけで当てようとすると難しいのに、材料に分けてしまえば何が入っているか一目でわかります。それと似たことが、光でも起きています。天文学者が使う分光器は、届いた光を波長ごとにほどく装置です。
ほどかれた光からは、大きく3つのことが読み取れます。光の色の偏り、欠けている波長、そして線の位置のずれです。順に見ていきましょう。

読めること① 色の偏り ― 表面の温度
星のスペクトルを見ると、すべての波長が同じ強さで出ているわけではないとわかります。どこかの波長が強く、そこから離れるほど弱くなります。山なりの偏りがあるのです。
そして、この光の分布がどのような形になるかは、星の表面温度と強く関係しています。温度が高いほど頂点は青い側へ寄り、低いほど赤い側へ寄る。だから高温の星は青白く、低温の星は赤みを帯びて見えます。
シリウスの表面温度をおよそ9700Kと言えるのは、この偏り方を測っているからです。温度計を差し込んだわけではありません。光の色のバランスが、そのまま温度の目盛りとして読めるのです。
ただし、色だけを見て終わりにはできません。星の光は、宇宙空間のちりを通り抜けてくる途中でわずかに赤みを帯びることがあります。実際の観測では、その影響を見積もったうえで温度を出しています。
色と温度の対応、そしてその背後にある物理法則は、それぞれ別の記事にまとめてあります。


読めること② 欠けた波長 ― どんな元素があるか

星のスペクトルをさらによく見ると、なめらかな帯にはなっていません。ところどころに、細い暗い線が入っています。その波長の光が、星の大気中の原子やイオンによって吸収された跡です。この線を吸収線といいます。
原子やイオンは、どの波長の光でも同じように吸収するわけではありません。それぞれ固有の波長で光を吸収するため、元素や状態によって異なる線の並びが現れます。
しかも、この波長の並びは実験室で確かめられます。地球上で水素などの気体のスペクトルを測れば、どの波長に線が現れるかを調べられるからです。あとは星から届いたスペクトルと照らし合わせます。線の位置や強さを詳しく比較することで、その星の大気にどのような元素が含まれているかを推定できます。
星に行かずに成分がわかる理由は、突きつめればこの一点にあります。原子やイオンがつくるスペクトル線の波長は、地球でも星でも同じ。だから地球上で確かめたスペクトルの知識を、遠く離れた星にも使えるのです。
線の並びの読み方と、そこから星を分類していく体系は、こちらにまとめました。

この方法で直接わかるのは、主に星の大気や表面付近の状態です。星の中心に何があるかを、直接見ているわけではありません。
読めること③ 線のずれ ― 星の動き
3つ目は、少し意外な読み方かもしれません。
吸収線が現れる波長は、元素ごとに決まっています。ところが実際の星を観測すると、線の並び方はそのままなのに、全体がわずかに赤い側、あるいは青い側へずれていることがあります。
このずれを生むのが、ドップラー効果です。近づいてくる相手から届く波は詰まって短くなり、遠ざかる相手から届く波は伸びて長くなる現象を指します。救急車が通り過ぎる瞬間にサイレンの音が下がるのは、音で起きた同じことです。
光でも同じことが起きます。星が近づいていれば線は青い側へ、遠ざかっていれば赤い側へずれます。つまり線のずれを測れば、その星が地球に対してどれくらいの速さで近づいたり遠ざかったりしているかがわかります。
ここから先が面白いところです。ある星を長く観測していると、ずれが一定ではなく、周期的に行ったり来たりする場合があります。近づく、遠ざかる、また近づく。そんな周期的な変化が見つかれば、その星が何かの影響を受けて動いている可能性があります。
揺らしている相手は、目に見えない伴星かもしれませんし、その星を回る惑星かもしれません。揺れの周期と大きさからは、相手の重さの見当までつきます。光の線がずれる、というだけの情報から、そこにあるはずのものの質量まで届いてしまうのです。

この読み方は、もっと大きなスケールでも働きます。遠くの銀河の光を調べると、多くの銀河でスペクトル線が赤い側へずれていることがわかります。このような赤方偏移の観測は、宇宙が膨張していることを示す重要な証拠のひとつになりました。
太陽で先に見つかった元素
「行かずに成分がわかる」と言われても、まだ半信半疑かもしれません。実際にそれで当てた例が、ひとつあります。
1868年8月18日、インドで皆既日食が観測されました。太陽が月に隠されるあいだだけ、そのふちにあるガスの層が姿を現します。フランスの天文学者ジャンサンは、そこから届く光を分光器にかけました。
現れたのは、暗い線ではなく明るい線でした。日食のときに見えるこの層のように、ガス自身が光っている場合、スペクトルには特定の波長だけが明るく光る線が並びます。吸収線とは明暗が逆になりますが、線の位置が元素を示すという原理は同じです。
そして、その明るい線の中に、どの元素とも一致しない黄色い線が1本ありました。波長にして約587ナノメートル。地球上のどの物質の表にも、その位置に線を持つものがなかったのです。
同じ年の10月、イギリスのロッキャーが独立に同じ線を確認します。ロッキャーは化学者フランクランドとともに、これを未知の元素によるものと考え、ギリシャ語で太陽を意味する helios にちなんで helium と名づけました。
ヘリウムです。
地球上でこの元素が取り出されたのは、1895年でした。ラムゼーが鉱物から分離して、その光を測ったところ、線は太陽で見つかったのと同じ位置にありました。太陽での発見から、27年が経っていました。
つまりヘリウムは、地球で見つかる前に、太陽の光の中で先に見つかった元素です。光を分けて線を読むという方法は、まだ誰も手にしていない物質の存在すら言い当てられます。その実証が、この27年の空白でした。
光では読めないもの ― 星の内部
ここまでを整理すると、届いた光からは温度・成分・動きが読めます。ずいぶん多くのことがわかるように思えるかもしれません。
しかし、読めないものもあります。星の中心です。
星から出てくる光は、星の外側の層から放たれたものです。内部で生まれた光は、密度の高いガスに何度もぶつかりながら進むため、そのままの姿では外に出てきません。私たちが受け取っているのは、あくまで表面から出た光なのです。
では、中心のことは何もわからないのでしょうか。そうではありません。表面に現れる手がかりを積み上げて、内部の状態を推し量ります。表面の温度と明るさ、質量の見積もり、そして星の表面に現れるかすかな震え。これらが、内部で起きていることの条件を絞り込んでいきます。
星の中心でエネルギーが生まれる仕組みや、星が一生をどう進んでいくかは、この積み重ねの上に立っています。
見えるものから、見えないものを絞り込む。天文学がずっと続けてきたのは、この作業です。だから資料に書かれた数値は、行って確かめた記録ではなく、届いた光と地球上の物理から組み立てた結論なのです。


まとめ|夜空から届いているのは、光であり情報
この記事で見てきたことを、もう一度並べておきます。
天文学者が恒星について手にできるのは、届いた光であることが多いです。その光を波長の順にほどくと、スペクトルが現れます。色の偏りからは表面の温度が、欠けた波長からは表面付近にある元素が、線のずれからは星の動きが読み取れます。そして中心の様子だけは直接読めないため、表面の手がかりから絞り込んでいきます。
シリウスの表面温度が約9700Kだと言えるのは、誰かが行ったからではありません。8.6年かけて届いた光を分け、その偏りと線の位置を測ったからです。
今夜、空にシリウスが出ていたら、少し長く見つめてみてください。あの一点にしか見えない光は、まだほどかれていないだけです。ほどけば、温度が出てきて、成分が出てきて、動きまで出てきます。
夜空は、遠くて届かない場所ではありません。8.6年前に出発した情報が、今まさに、あなたの目に到着している場所。
参考文献
- NASA Science|Types of Spectra: Continuous, Emission, and Absorption
- NASA Science|Absorption and Emission Spectra of Various Elements
- NASA Science|Hubble Spectroscopy
- 天文学辞典|スペクトル型
- Science History Institute|The High-Flying, Death-Defying Discovery of Helium