海王星は、太陽から約30天文単位のところを、約165年かけて回っています。天文単位とは、地球と太陽の平均距離を1とする長さの単位です。けれども海王星は、最初からこの場所にいたとは限りません。
その手がかりは2つあります。
1つめは、材料の問題です。今の海王星の位置では、惑星の材料があまりにまばらで、地球の17倍もの質量まで育つのは難しいと考えられてきました。
2つめは、冥王星の軌道です。冥王星は、ゆがんだ楕円の軌道の一部で、海王星の軌道の内側に入り込みます。それなのに、2つの天体が近づいてぶつかることはありません。
どちらの謎も、海王星が生まれたあとに外側へ移動してきたと考えると説明がつきます。この記事では、惑星を動かした角運動量のやりとりと、その足跡である軌道共鳴を読み解きます。
海王星はなぜ今の位置で生まれにくいのか?|惑星形成の課題
惑星が生まれるしくみの出発点は、微惑星です。
- 微惑星:惑星のもとになった、岩石や氷でできた小さな天体。ぶつかり合い、合体しながら惑星へ育っていった材料。
太陽から遠くなるほど、微惑星が散らばる範囲は広がり、材料の密度は薄くなります。軌道を1周するのにかかる時間も長くなります。30天文単位のあたりでは、1周に約165年かかります。材料どうしが出会ってぶつかる機会が少ないため、育つのに時間がかかりすぎるのです。
古くからの計算では、今の位置で天王星や海王星ほどの惑星を育てることは難しいとされてきました。そこで1999年に、別の筋書きが提案されました。天王星と海王星は、もっと太陽に近い、木星や土星のあたりで大部分が育ったという考え方です。そのあと外側へ弾き出され、今の軌道まで移っていったとされます。
生まれた場所と、今いる場所は違う。では、何が海王星を外へ動かしたのでしょうか。
海王星が外へ移動するしくみ|角運動量のやりとり
海王星を動かした主役は、まわりに残っていた無数の微惑星だと考えられています。ここで必要になるのが、角運動量という考え方です。
- 角運動量:回る運動の勢いを表す量。太陽のまわりを回る天体では、質量が大きいほど、軌道が大きいほど値が大きくなる。
- 角運動量保存の法則:外部からの影響を無視できる系では、全体の角運動量が一定に保たれるという法則。
角運動量は、天王星の横倒しの自転軸を考えるときにも手がかりになった量です。
海王星のそばを微惑星が通ると、海王星の重力によって軌道が変わります。微惑星が内側へ散乱されると、海王星はその過程で角運動量を受け取り、外側へ移動する傾向があります。
角運動量は、惑星と微惑星のあいだで受け渡されます。太陽系全体の角運動量が保存されるなら、ある天体が失った分は、ほかの天体が受け取ります。こうした相互作用が何度も繰り返されることで、海王星の軌道は少しずつ外側へ広がっていったと考えられています。
内向きと外向きが同じだけなら、差し引きはゼロです。海王星が外へ動いたのは、内側へ投げた微惑星が戻ってこなかったからです。
内側へ投げ込まれた微惑星は、天王星、土星と受け渡され、最後に木星のところへ届きます。木星は重いので、届いた微惑星を強い力で太陽系のいちばん外側や、太陽系の外へ放り出してしまいます。海王星と木星が、天王星と土星を挟んでキャッチボールをしているのに、木星は球を投げ返さない状態です。
惑星と微惑星のやりとりを全体として見ると、次のような移動が起こります。
- 天王星・海王星: 微惑星との重力相互作用によって角運動量を受け取り、平均的に外側へ移動します。
- 木星: 微惑星を太陽系外へ放出する過程で角運動量を失い、平均的に内側へ移動します。
- 土星: 微惑星との相互作用に加え、ほかの巨大惑星との重力相互作用も受けながら軌道を変えていきます。
ただし、実際の移動はこのような単純な一方向の変化だけではありません。巨大惑星同士の接近や、軌道共鳴の影響も加わり、太陽系全体の配置が変わっていったと考えられています。
1つの微惑星は、地球の17倍の質量をもつ海王星に比べれば小さなものです。しかし、微惑星をすべて合わせると、地球の数十倍の質量があったとされています。それだけの量を受け渡すことで、海王星は数天文単位も外へ動けたと考えられています。

冥王星の軌道に残る証拠|3:2の軌道共鳴
海王星が本当に動いたのなら、その跡はどこかに残っているはずです。証拠として注目されてきたのが、冥王星の軌道です。
冥王星の軌道は、大きくゆがんだ楕円です。いちばん太陽に近づくときは約29.7天文単位まで来て、約30.1天文単位の海王星の軌道より内側に入ります。それでも2つがぶつからないのは、公転の周期に決まった関係があるからです。
海王星は約165年、冥王星は約248年で太陽を1周します。海王星が3周するあいだに、冥王星はちょうど2周します。どちらも約495年です。このように、2つの天体の周期が簡単な整数の比になっている状態を、軌道共鳴と呼びます。
- 軌道共鳴:2つの天体の公転周期が簡単な整数の比になり、重力の引き合いが同じ位置関係で繰り返される状態。
周期の比がきれいな整数比になる例は、水星の自転と公転にも見られます。
海王星と冥王星は、軌道の形だけを見ると、互いに交差するように見えます。しかし、両者は3:2の軌道共鳴にあるため、近づくタイミングと位置関係が制限されています。
冥王星が海王星の軌道の内側を通るとき、海王星はいつも十分に離れた位置にいます。こうした関係が長い時間にわたって保たれるため、2つの天体が衝突することはありません。
では、冥王星はどうしてこの共鳴に入ったのでしょうか。1993年、アメリカの天文学者レヌ・マルホトラは、海王星の移動で説明できることを示しました。
海王星が外へ動くと、その周期のちょうど1.5倍の周期になる場所、つまり3:2の共鳴の位置も、一緒に外へ動いていきます。共鳴の位置が冥王星の軌道まで来ると、冥王星は共鳴に捕らえられます。そのあとは、海王星に引き連れられるようにして外へ運ばれ、そのあいだに軌道がどんどんゆがんでいきます。マルホトラの計算では、海王星が約5天文単位外側へ移動することで、共鳴に捕らえられた冥王星の離心率を、現在に近い値まで高められることが示されました。これは、冥王星の軌道が、海王星の移動によって形づくられた可能性を示す結果です。
- 離心率:軌道のゆがみ具合を表す数。0なら真円で、1に近づくほど細長い楕円。
この説明には、確かめられる予測がありました。海王星の移動で共鳴の位置が掃いていったのなら、冥王星だけでなく、ほかの小天体も同じ共鳴に捕らえられているはずです。それらの軌道も、冥王星と同じように大きくゆがんでいるはずです。
1990年代にカイパーベルトの天体が次々に見つかると、冥王星と同じ3:2の共鳴にある天体も数多く確認されました。
これらは冥王星族(プルーティノ)と呼ばれています。海王星の移動に伴って共鳴の位置が外側へ移動し、小天体が捕獲されたという考え方は、こうした天体の存在や軌道の特徴を説明する有力なモデルです。
ただし、現在見られるカイパーベルトの構造が、すべて単一の過程で形成されたと確定しているわけではありません。

ニースモデル|木星と土星の共鳴から始まった巨大惑星の大移動
惑星が動いたという考えを、太陽系全体の筋書きにまとめたのが、2005年に発表されたニースモデルです。研究者たちがフランスのニースにある天文台で研究していたことから、この名で呼ばれます。巨大惑星の大移動を描いた、代表的なモデルです。
- ニースモデル:生まれたばかりの巨大惑星が、微惑星とのやりとりと、木星と土星の軌道共鳴をきっかけに、今の軌道へ移ったとするモデル。
ニースモデルの筋書きは、おおまかに次のとおりです。
- 出発点:4つの巨大惑星は、今より狭い範囲(太陽から5〜17天文単位ほど)に並んでいました。その外側には、地球35個分ほどの微惑星の円盤が広がっていました
- ゆっくりした移動:微惑星とのやりとりで、木星はわずかに内へ、土星は外へ動きます。2つの周期の比が少しずつ広がっていきます
- 引き金:土星の周期が、木星の周期のちょうど2倍になります。2:1の軌道共鳴です
- 大移動:共鳴で木星と土星の軌道がゆがみ、その影響で天王星と海王星の軌道が乱れます。2つは土星に近づいて外へ弾き出され、微惑星の円盤の中へ飛び込んでいきます
- 落ち着き:円盤の微惑星とのやりとりで軌道のゆがみがならされ、今の軌道にたどり着きます
木星と土星の周期は、今では約11.9年と約29.5年です。比は約2.48で、2:1の共鳴をとうに通り過ぎています。
このモデルの計算では、およそ半分の場合に、天王星と海王星の順番が入れ替わりました。海王星は、天王星より内側で生まれていたかもしれないのです。
ニースモデルは、次のような太陽系の特徴を、1つの筋書きでまとめて説明しようとしました。
- 巨大惑星の軌道の、わずかなゆがみと傾き
- 木星と同じ軌道を回るトロヤ群の小惑星が、どうやって捕らえられたか
- カイパーベルトの天体の軌道の分布
ニースモデルのその後|惑星移動の時期と5つ目の巨大惑星
発表から20年のあいだに、ニースモデルは形を変えてきました。
最初のニースモデルでは、大移動は太陽系が生まれて数億年後に起きたと考えられていました。そのころ、地球や月に小天体が集中して降り注いだとされる後期重爆撃期と、時期を合わせるためです。ところが近年は、後期重爆撃期が本当にあったのかどうか自体に疑問が出ています。
時期を早める証拠も見つかりました。木星のトロヤ群には、パトロクロスとメノイティオスという、2つの小惑星が互いに回り合う組があります。この組は、ぶつかり合いの多い環境に長く置かれると壊れてしまうほど、ゆるく結びついています。2018年の研究によると、この組が壊れずに残るには、大移動は太陽系の誕生から約1億年以内に起きていなければなりません。
巨大惑星がもう1つあったという考え方もあります。はじめに5つの巨大惑星があり、そのうち天王星や海王星に似た1つが、大移動のあいだに太陽系の外へ放り出されたという筋書きです。計算で今の太陽系を再現しやすくなることから、検討が続いています。
2021年に打ち上げられたNASAの探査機ルーシーは、2027年から木星のトロヤ群の小惑星を次々に訪れる予定です。2033年3月には、パトロクロスとメノイティオスのそばを通り過ぎます。トロヤ群の小惑星の姿は、大移動がいつ、どのように起きたかを確かめる手がかりになります。

Image Credit: NASA’s Goddard Space Flight Center Conceptual Image Lab
惑星が動いたこと自体は、いまでは広く受け入れられています。いつ、どんな順番で動いたのかは、まだ議論の途中です。

理解のまとめ
海王星が外へ移動してきたと考えられる理由を、もう一度並べておきます。
- しくみ:海王星は微惑星を内側へ投げ渡すたびに、角運動量保存の法則にしたがって角運動量を受け取り、軌道が外へ広がりました。投げた微惑星は木星が太陽系の外へ放り出したため、戻ってきませんでした
- 証拠:冥王星は海王星と3:2の軌道共鳴にあり、軌道が大きくゆがんでいます。海王星が約5天文単位外へ動けば、この両方が説明できます。同じ共鳴に捕らえられた天体も、カイパーベルトで数多く見つかりました
- 筋書き:ニースモデルでは、木星と土星の2:1共鳴が引き金となって、天王星と海王星が外へ弾き出されました。時期はもっと早かった可能性が高まっています
つまり、いまの太陽系の惑星の並びは、生まれたときのままの配置ではありません。微惑星との角運動量のやりとりが、数天文単位の規模で組み替えた結果なのです。
海王星の青い大気や、太陽の光を上回る内部の熱(→ neptune-heat・未公開)は、いま約30天文単位の場所で観測されている姿です。その場所そのものが、生まれたあとに移ってきた先だったのです。
夜空の黄道に沿って木星や土星を見つけたら、その並び順も46億年のあいだに組み替えられたものだと思い出してみてください。
参考文献
- NASA|Neptune Fact Sheet
- NASA|Pluto Fact Sheet
- Thommes, Duncan & Levison (1999)|The formation of Uranus and Neptune in the Jupiter–Saturn region of the Solar System(Nature)
- Hahn & Malhotra (1999)|Orbital Evolution of Planets Embedded in a Planetesimal Disk(AJ)
- Malhotra (1993)|The origin of Pluto’s peculiar orbit(Nature)
- Malhotra (1995)|The Origin of Pluto’s Orbit: Implications for the Solar System Beyond Neptune(AJ)
- Malhotra (2019)|Resonant Kuiper belt objects: a review(Geoscience Letters)
- Tsiganis et al. (2005)|Origin of the orbital architecture of the giant planets of the Solar System(Nature)
- Nesvorný et al. (2018)|Evidence for very early migration of the Solar System planets from the Patroclus–Menoetius binary Jupiter Trojan(Nature Astronomy)
- Nesvorný (2011)|Young Solar System’s Fifth Giant Planet?(ApJL)
- NASA|Lucy