冬の夜、シリウスがひときわ強く輝く南の空。その、さらに下、地平線すれすれの低い場所に、もうひとつ明るい星が横たわっていることがあります。全天でシリウスに次いで2番目に明るい恒星「カノープス」です。
これほど明るい星でありながら、多くの日本人は一度も見たことがありません。なぜ、2番目に明るい星がこれほど見えにくいのでしょうか。答えは星そのものではなく、「あなたが地球のどこに立っているか」にあります。


カノープスとは?|南天の白い巨星
カノープスは、りゅうこつ座のα星です。見かけの等級はマイナス0.74等。これはシリウス(マイナス1.46等)に次いで、全天で2番目に明るい値です。
星そのものも堂々たる巨星です。地球からの距離はおよそ310光年。これほど遠いのに明るく見えるのは、太陽の約1万倍というけた違いの光を放っているからです。表面温度は約7400度で、白色にやや黄みがかった光を持ちます。分類上は、A型からF型に近い「輝巨星(bright giant)」と呼ばれる、進化の進んだ大きな星です。
明るさだけを見れば、シリウスに迫る一等星の代表格です。それなのに日本では「幻の星」とまで言われます。その理由は、この星の位置——正確には、地球上の緯度との関係にあります。

なぜ日本では「地を這う」のか
星が空のどの高さまで昇るかは、その星の「赤緯」と、観測者の「緯度」で決まります。赤緯とは、星が天球上でどれくらい南(または北)に位置するかを示す座標です。天球とは、空を大きな球に見立てたもので、星はその内側に貼りついた点のように扱われます。
カノープスの赤緯は約マイナス52.7度。かなり南に寄った位置にあります。一方、日本の本州は北緯34〜37度あたりに広がっています。
ある星が南の空で最も高く昇る高度(南中高度)は、次の関係で決まります。
南中高度=90°−|緯度−赤緯|
北緯およそ35度でこの式を当てはめると、カノープスの南中高度はわずか2〜3度ほど。つまり、真南の地平線から拳ひとつ分も昇らない高さです。ビルや山があれば、それだけで隠れてしまいます。
さらに北へ行くとどうなるか。北緯37.3度より北——おおよそ福島県より北では、カノープスは地平線から一度も顔を出しません。同じ星が、同じ夜に、緯度が数百キロ違うだけで「見える星」から「絶対に見えない星」に変わるのです。
緯度が変わると、空そのものが変わる
なぜこんなことが起きるのか。それは、私たちが「丸い地球の表面」に立っているからです。
地球は球体なので、立っている場所によって「頭上の向き」が違います。北へ行くほど、南の地平線の下に隠れる空が増えていきます。逆に南の国へ行くと、日本からは絶対に見えなかった南天の星々が次々と地平線の上に現れます。
たとえば沖縄(北緯約26度)まで南下すれば、カノープスの南中高度は10度を超え、ずっと見つけやすくなります。オーストラリアのような南半球まで行けば、カノープスは夜空の高い位置で堂々と輝き、南天のナビゲーション星として親しまれています。
古代中国では、この見えにくさゆえにカノープスは「南極老人星」と呼ばれ、見ることができた年は長寿の吉兆とされました。星の明るさではなく、「その土地から見えるかどうか」が特別な意味を持っていたわけです。

今夜、南の低空を探す|いつ・どこで見えるか

見頃:冬(1〜2月ごろ)/方角:真南の地平線近く/条件:南の視界がひらけた場所
カノープスを日本で見るチャンスは、冬(1月から2月ごろ)の夜、シリウスが真南に来る時間帯です。シリウスから、ほぼ真下——地平線の方向へ視線を落とした先に、低くまたたく星があればそれがカノープスです。
見えるかどうかは、あなたの立つ場所と南の視界で決まります。海や平野など、南の地平線までひらけた場所を選ぶことが唯一にして最大の条件です。もし低空にオレンジ色っぽく揺れる光を見つけたら、それは大気を長く通り抜けてきたカノープスの光かもしれません。
同じ星が、見る場所によって「見えない星」にも「夜空の主役」にもなる。それを知って地平線を探すとき、あなたは星の位置ではなく、自分が地球上のどこに立っているかを確かめていることになります。
まとめ
カノープスは全天で2番目に明るい恒星で、太陽の約1万倍の光を放つ南天の巨星です。それでも日本で見えにくいのは、赤緯が南に大きく偏っているためで、本州では南中高度がわずか数度、福島より北では地平線の上に昇りません。
星が見えるかどうかは、星の明るさだけでは決まりません。観測者の緯度と、星の赤緯の関係が、見える空の形そのものを決めています。
今夜、南の地平線を見渡すとき、そこに広がっているのは「あなたの緯度から見える宇宙の一部」なのだと気づくはずです。
参考文献